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父親は七瀬が生まれる前に病気で亡くなった。
母はずっと水商売をして、生活を支えてくれていた。
姉の一葉も高校卒業後、家と七瀬を支えるために、水商売を始めていた。
バイトをしながら奨学金を借りて、専門学校に進学ーー美容師になるーーそんな七瀬のささやかな夢は、母が出て行って、一瞬で消えた。
春樹は、一葉の子だ。
姉の一葉は望まない妊娠をした。
さらに、妊娠中に病気が見つかった。
生まれつき、心臓に穴が開いていたらしい。
出産を止められたけど、一葉は春樹を命がけで産んだ。
もともと体力がない一葉。肌はますます真っ白になって、少し動くとすぐに息が切れるようになった。
産後、1年は手術は出来ないと医師は言った。
手術にはお金がかかる。
0歳児の、春樹のこともある。
生活は七瀬の肩にかかっていた。
お金。お金。お金。
この世界で生きていくには、あんなただの紙切れがたくさん必要だ。
春樹は、当時の母の『恋人』に襲われた一葉が、身ごもった子だ。
七瀬も何度も襲われかけたことがある。
父親がいたらこんな年かな、と思う。
ただ、気持ち悪かった。
七瀬が抱かれる代わりにーー守るためにーー何度も一葉は身を差し出していたのだ。
「ナナちゃん、仕事は…、順調なの?」
春樹を保育園に送って戻ると、一葉は心配そうに聞く。
「うん大丈夫」
一葉には『仕事』の内容は言っていない。
楽になって来た暮らしに、姉は確実に泡風呂で働いてるんだとでも思ってるだろう。
きっと姉の想像以上に貯まっている。
あいつのお金だけど。
目標額まであと1ヶ月、というところか。
そしたら、これを元手にーー
「…ごめんね、私が働けなくて…」
「姉ちゃん、謝らないで!」
「…」
黙り込んだ姉に、七瀬は明るく笑う。
「春樹、可愛いよね。
産んでくれてよかった」
姉の目が潤む。
「…うん…ありがとう。
ナナちゃんには申し訳ないけど…もしこの先私に何かあったら…
あの子のこと、頼めるかな」
「姉ちゃん…!お金も貯まってきてるし、もうすぐ産後1年になるし…手術はできるから…!
だから、そんなこと言わないで」
「ナナちゃん…ごめん…ありがとう」
姉はポロポロ泣く。
「…少し、寝るね。姉ちゃんも休んだ方がいいよ」
七瀬は自室に戻るとベッドに倒れた。
ーー
母のことを当時の彼にチラっと話すと『うわ、重っ…絵に描いたような不幸だね』と笑われた。それからヤツは去った。
不幸ーーなのかな?
姉ちゃんがいて、可愛い春樹がいて、私がいる。
そりゃあ、どうやっても生活のために私が稼ぐしかなかった。
でもさ、姉ちゃんも春樹も守れるならーー
それは不幸でもないんじゃない?
目をつぶる。
何故かアイツの顔が浮かぶ。
バカみたいにヘラヘラ笑ってーー変態のくせに。
ふ…
笑ってしまった自分に驚いて、七瀬は口を閉じた。
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