オレハン 第2話

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第2話 ハンターとは? 「これ、使え」 次の日、勇也は空護とともにトレーニングルームにいた。トレーニングルームは木造でただただ広く、部屋が2つ隣接している。1つは筋トレ用の器具が設置されているいわゆる筋トレ部屋で、もう1つは倉庫である。空護は倉庫をごそごそと探し、斧と刀のヴァルフェを取り出した。空護は斧のヴァルフェを勇也に渡した。 「これはなんですか?」 「訓練用のヴァルフェだ。現場で使うヴァルフェのようにマナを込めて使うが、威力を格段に落としてある。ケガしても、せいぜい打撲くらいだ」 「へぇ。便利ですね」 勇也は渡されたヴァルフェをまじまじと見つめた。普段使っているバトルアックスと大差ないようだが、でかでかと「訓練用」と書かれている。 「さっさと訓練を始めるぞ。中央で構えろ」 空護はスタスタと移動し、勇也も慌てて追いかける。空護は中央につくとすっと刀のヴァルフェを構えた。  勇也も斧のヴァルフェを構え、空護をじっと見つめる。 「細かいことは言わねえ。オレの攻撃をかわすことだけ考えろ」 「はい!」  きりりと引き締まった空気がその場を満たす。空護の冷たく刺さるような圧に、勇也は暑くもないのに汗がたらりと落ちた。 「はじめ」  空護は合図をすると同時に、バネのように勇也に向かいヴァルフェを振りかぶる。あまりのスピードに勇也は動けず、ヴァルフェで防ごうとした。  しかし、空護のヴァルフェは振り下ろされず、勇也の腹に蹴りがとんできた。 「『かわせ』って言ってんだろうが!」  ハンターの戦闘において、攻撃はかわすのが定石である。理由としては、ヴァルフェを使うのにはマナを使うため、体力の消費が激しい。相手の攻撃ごと叩き切る自信がない限り、体力温存のため攻撃を受け止めることはしない。 「かはっ…。はい!」  空護の蹴りでふっ飛ばされた勇也はすぐさま立ち上がる。力強い返事をしたものの、内心は冷や汗をかいている。空護があまりに強いのだ。かわせ、と言われても目で追うのも精いっぱいである。どうやってかわせというのだろう、それが勇也の本心である。  しかし空護は待ってくれない。すぐさま次の攻撃がやってくる。勇也は後ろに下がるがすぐ追いつかれてしまう。空護が横に薙いだ白い刃が、勇也の腹を叩く。  訓練用というだけあって、ヴァルフェの刃は切れず、まるで鈍器のようだった。それでも、全力で振り抜かれた刃は痛い。勇也はズキズキと痛む腹を抱えうめいた。 「うぅっ…」  痛みでしゃがみこむ勇也を心配することなく、空護は吐き捨てた。 「この下手くそ。ハンター、向いてねえよ」  空護の言葉に勇也はカチンときて、思わず言い返す。 「まだやれます!」 腹はまだ痛むが、それをやせ我慢して勇也はたった。勇也の大きな瞳が、空護に意思をぶつける。 「ちっ…。後悔すんなよ」 再び空護が構えた。勇也も構え、空護の動きを見逃すまいと瞬き1つしない。 その努力もむなしく、数十分後勇也はボコボコにされ、気を失った。 その日の午後、勇也は2階の事務室でぐったりとしていた。現代の医術は進歩しており、怪我に関しては細胞分裂を早める薬が出ている。体力の消耗は激しいものの、打撲程度なら数分でなおってしまう。それを飲んだ勇也は、怪我はきれいに消えたが、少し疲れ気味だった。 「ずいぶんとしごかれているね」  疲れ気味の勇也を心配したのか、昌義が勇也に声をかけた。 「あはは、そうですね」  自分の席に座っていた勇也は、席に座っている昌義の方を向き力なくわらった。昌義は穏やかな笑みを浮かべている。 「大神君は強いからね。スパルタかもね」  かもではなく、スパルタです、勇也はそう言おうかと思ったが、波風を立てたくなくて、無難な言葉を選んだ。 「先輩、強いっすよね。昨日のイノシシが可愛く思えてきます」 「そうだろう。大神君はホークギャザードで一番強いんだ。というか、今までハンターやってる中で彼より強い人をみたことがない。3年目なのにすごいよね」  昌義はまるで、我が子を自慢するかのような口ぶりだった。随分と空護を気に入っているらしい。 「そうですね」  今の勇也にとって、空護は「とっても強くて、とっても怖い、苦手な先輩」というカテゴリーである。上手く言葉を繕えなくて、にこりと作り笑いをした。  がたりと音を立てて扉が開き、空護が入ってきた。 「…オレは、潟上先輩の方が強いと思いますけどね」  今までの会話が聞こえていたようで、空護がぽつりとつぶやいた。 「それは条件しだいかな」  勇也は、今までの会話が聞かれていたことに驚いたが、昌義は気にせず会話をつづけた。 「それもそうですね…。それと建設部の方が準備できたそうです。今車庫で待ってます」 「おぉ、準備できたか。それじゃ、僕たちも行くか。清水君はどうするんだ?」 「連れていきます。清水、ヴァルフェの準備しろ」 「はい!」 勇也は一体どこに行くのか分かっていなかったが、空護に言われるまま準備し、車庫に向かった。 車庫に向かうと、そこにはふわふわとした茶色の髪を肩まで伸ばした、作業着をきた若い女性がいた。見知らぬ場所にいるせいか、そわそわと居辛そうにしている。 まず声をかけたのは昌義だった。 「初めまして。僕は鷲巣市のハンター、潟上昌義です。貴女が今回電気柵の修理を行ってくださる建設部の方ですか?」  緊張している女性を気遣ったのか、その口調は柔らかく、暖かく微笑んでる。 「は、はい。鷲巣市、建設部の香川しおり、です。よろしくお願いします」 まだまだ緊張しているようで、頬は真っ赤に染まり、声は消えてそうなほどか細い。しおりの両手はぎゅっと工具入れを握りしめていた。 緊張の取れないしおりを見て、昌義は困ったなあ、と頬を掻いた。その心情を察したのかどうか分からないが、勇也の声が響く。 「オレは鷲巣市の新人ハンター、清水勇也です。よろしくお願いします!」  勇也が太陽のようににかりと笑った。その無邪気な笑みにほだされたのか、しおりの頬が少し緩んだ。 「清水さんですね、よろしくお願いします」  しおりのぎこちない態度が少しスムーズになって、昌義は安堵した。あまりに緊張していては出来ることもできなくなるからだ。これなら大丈夫だろうと思い、しおりに声をかける。 「では、そろそろ出発しましょうか」 昌義はエアカーのドアを開けて、しおりをエスコートする。しおりが促されるままエアカーに乗ったのをみて、勇也達も乗った。  エアカーは空護の運転で空を駆けだす。助手席にいた勇也が思い出したように疑問を投げかけた。 「今回って、何しに行くんですか?」  その言葉で、特に説明もせず勇也を連れてきたことを昌義は思い出した。 「昨日清水君がビーストを倒したところ、電気柵が壊れていただろう。そこの修理しに行くんだよ。僕たちはその護衛」 「香川さんが電気柵直している間、オレ達がビーストに対して護衛するってことですか?」 「うん、そうだよ。電気柵が壊れている箇所は危険だからね。電気柵は市の管轄だから、修理は市の建設部にお願いするんだけど、こんな若いお嬢さんが来るなんて驚いたよ」  後部座席に座っていた昌義は、隣にいるしおりに笑いかけた。しおりは目をぱちぱちと瞬かせた後、自分のことだと気付き、かぁっと頬を赤く染めた。 「し、仕事なので…」 「それでも、すごいことだと思うよ。電気柵の修理は護衛がつくとはいえ、危険なのは変わらない。相当な勇気がなきゃできない」  謙遜するしおりを、昌義はゆっくりと褒めたたえる。しおりをまっすぐ見つめる視線が、お世辞ではないことを伝えてくる。 「あ、ありがとうございます…」  しおりは照れているのか、早口でお礼を告げた。その口は、何か言いたそうにムズムズと動いている。 「お話し中申し訳ありませんが、そろそろ着きます」  空護がそういうや否や、エアカーが下降し始める。しおりは気持ちを入れ替えるように深呼吸をし、髪を一つに結った。 「はい。いつでも行けます」  そういったしおりは、さきほどまでのおどおどした様子は跡形もなく、その目はゆるぎなく輝いていた。  空護はエアカーを壊れた電気柵のそばに降ろした。しおりは着くと一目散にエアカーから降りて、電気柵を観察した。 「あー、この箇所の線全部だめになっていますね。ビーストにやられたのかもしれません」  しおりは電気柵の本体を確認し、電源が切られていることを確認した。そして、工具箱をガシャガシャとあさり、替えのコードなどを取り出した。 「作業は1時間ほどかかります。みなさん、お手数ですが、護衛よろしくお願いします」 しおりは、勇也達に頭を下げると、もくもくと作業に取り掛かる。勇也と昌義は、先ほどとのギャップに驚いていた。 「これは、頼りになるなあ」 しおりは仕事となると、随分雰囲気が変わるらしい。てきぱきと作業を進めるしおりをみて、昌義は杞憂だったと心のなかで笑った。 「よし、電気柵は香川さんに任せて、僕たちは周りの見張りと行こうか。時間は長いけど気を抜いちゃだめだよ。僕は右側、清水君は左側、大神君は全体」  昌義は指さしながら勇也と空護に指示を出す。勇也はバトルアックスを片手に周りを見渡した。電気柵の向こう側は数mほど草原が続き、その奥は木々が生い茂り森となっている。 森の奥は薄暗くよく見えない。  勇也はばっと昌義の方を振り向いた。 「潟上さん!見張りってどうすればいいですか?」 「清水君は、見える範囲でビーストが見えない限り、どうもしなくていいよ。ただ、一点だけでなく、まんべんなく見ることを忘れないでね」 「はい!」 勇也は昌義に言われた通りにあたりを監視する。風で木々が揺れる以外には、特に何もいない。数十分たったころ、空護が昌義に耳打ちした。空護は指をさしながら何かを伝えている。 「分かった。教えてくれてありがとう」  一通り聞いたのか、昌義は空護の指さした方へ進んでいく。 「清水」  抑揚のない空護の声が、勇也の鼓膜を刺す。 「はい」 「潟上さんに着いていけ。ここはオレ1人でいい」 「分かりました」 勇也は先に向かっている昌義に追いつくため、小走りで駆けていく。昌義は電気柵の外に出て、スナイパーライフルを取り出した。 「清水君も来たの」 「はい。大神先輩が1人で大丈夫、と言われたので」 「ふうん」  昌義は勇也の発言ににやりと笑った。そして、自分の眼鏡に手をかけいじり始めた。 「潟上先輩、何してるんですか?」 昌義は遠くを見ながら、眼鏡をいじり続けている。 「大神君から、遠くに何かいるって聞いたから。ああ、いたいた。ほんと彼の耳はいいねえ」  勇也は昌義の視線の先に目をやった。しかし、一見薄暗い森が広がるだけである。 「何も、見えませんが…」 昌義は肩にスナイパーライフルをかけ、狙いを定め始める。 「見えないと思うよ。僕の眼鏡はヴァルフェールで、視力を強化してるから見えるだけで。よいっしょっと」 ヴァルフェールとは、マナを使用する補助具である。身体能力を上げたり、昌義の眼鏡のように五感の感度を上げたり、と戦闘におけるサポートをするものである。 昌義のスナイパーライフルから2発ほど弾丸が放たれた。同時に遠くから甲高い鳴き声が聞こえる。 「倒した、んですか?」 「いいや、脅しただけ。シカのビーストだったけど、逃げていったし当分ここら辺には近寄らないんじゃないかなあ」  昌義は慣れた手つきでスナイパーライフルを片付け、バッグを肩にかけた。勇也にとってビーストは倒すべきものだったため、昌義の行動に少し驚いた。 「その、殺さなくていいんですか?」 勇也の疑問は予想済みだったようで、昌義はすらすらと言葉を紡いだ。 「人によって色々考えはあると思うけどね。ハンターの仕事は、境界線を護ることだと思うんだ」 「境界線、ですか?」 「そう、人とビーストとの境界線。人もビーストも、それぞれの縄張りで暮らす。それが両者にとって平和への道かなって。その境界線を破られれば、僕たちは殺さなくちゃならないけど、さっきのビーストは違うでしょ。だから、殺さなくてもいいと思ってる。まあ、無駄な殺生はしたくないのもあるけど」  勇也はずっと、ハンターはビーストを倒すのが仕事だと思っていた。しかし、昌義の話を聞いて、別のとらえ方もあることを思い知る。 「ただ、この考え、真似しないでね」 「え?」 昌義は勇也の頭をポンポン撫でながら、諭した。 「ハンターという仕事は、人やビースト、たくさんの命を背負ってる重たい仕事だ。だから、君は君なりの、『ハンター』について答えを出して欲しいんだ。ゆっくり考えて、ね」  勇也はゴクリと唾をのんだ。今更になって、この仕事の重さを実感する。  昨日殺したイノシシのビーストを思い出す。きっとその命は、もう自分の肩に乗っているのだろう。でも、殺したことを間違っているとは思えなかった。 「はい!」 勇也の明るい声があたりに響く。勇也の晴れ晴れとした表情に昌義はふふっと声をこぼした。 「ほんとうちの若いのは頼もしい子ばかりだね。さて、そろそろ戻ろうか。大神君が心配してるだろうから」  昌義は顔をほころばせたまま、空護達の元へ戻っていく。勇也もおいていかれないよう、そのあとを追った。  しおりたちのもとに着くと、散らばっていた工具は片付けられ、しおり本人は電気柵の本体の前にいた。 「ハンターの方々、修理が終了しました。確認のため今から電源を入れるので、柵の内側に入ってください」  しおりは優秀なようで、まだ1時間もたっていないのにも関わらず、もう修理が終わったようだ。昌義たちは急いで柵の内側に入る。  しおりは昌義たちが柵の中に入ったのを確認すると、電気柵の電源を入れた。しおりは検電器を確認し、電気が流れているのを確かめた。 「無事に電気は通ってます。業務終了です」  しおりはそう告げると、髪をほどいた。すると先ほどのようにおどおどし始めた。 「す、すみません。わたし、偉そうな態度とってしまって。ほんとすみません」  しおりは何度も何度も頭を下げる。慌てて勇也がフォローに入る。 「大丈夫ですよ。てきぱきとした手つきでとても頼もしかったです。ね、先輩方」  勇也は助けを求めるように昌義たちを見つめた。 「ええ、不愉快になるような態度ではありません。謝る必要はありませんよ」  勇也と昌義の言葉を聞き、やっとしおりは落ち着いたようだ。まだその目はうるんでいるが、やたらと頭を下げるのは止めた。 「うぅ、ありがとうございます」  勇也と昌義はしおりが落ち着いたのをみて、ほっと息を吐いた。しおりはスイッチのオンオフが激しいようだ。  騒動が落ち着いたのを見て、空護が3人に声をかけた。 「では、そろそろ帰りましょうか。香川さんは市役所までお送りします」 空護の運転で、エアカーは空を駆ける。建設部は鷲巣市役所の中にあり、市役所まではあっという間に着いた。 4人とも車を降り、しおりを見送る。 「香川さん、今日はありがとうございました。次の機会もよろしくお願いします」 昌義が柔らかく微笑み、お礼を言った。  しおりは、口をかみしめ目をうろつかせた。そして、決心したように口を開いた。 「その、お礼をいうのは私、です…。私、ほんとは、ハンターになりたかったんです。でも、戦うのが怖くて、逃げました。だから、ほんとは、私なんかより、皆さんの、方が、ゆ、勇気のある方たちだと、思います」  しおりが堂々とできないのは、「ハンター」という職業から逃げたことが起因している。彼女には戦闘の才能がなかった。ビーストを殺す覚悟も、自分が傷つく覚悟もなかった。自分にはできないと、ハンターは諦めて、今の職業に就いた。その逃げが、彼女を今もむしばんでいる。 「香川さんは、どうしてハンターになりたかったんですか?」  勇也はゆっくりと、子供をなだめるように、しおりに尋ねる。 「祖父母を、護りたかったんです。私の両親は、忙しくて、祖父母が面倒を見てくれたんです。私の祖父母は、農業を営んでいて、ビーストの被害にあっていたから、どうにか、減らしてあげたかった」  うんうんとうなづきながら、勇也はしおりの話を聞いた。 「香川さん、手を貸してもらえますか?」 「は、はい」  しおりが勇也に手を差し出すと、勇也は片膝をつき、しおりの手を両手で優しく握った。そしてその両手を額に当てる。 「し、清水さん!」  しおりは勇也の行動に驚き、頬が赤くなる。  ただ、自分の両手から勇也の温かさが感じられて、心が柔らかくなるような気がした。 「香川さんは、逃げてませんよ。貴女は、貴女に向いてるやり方で、護ってるだけです。少なくとも今日、貴女のこの両手が人を護ったことをオレは知っています」 勇也は額を両手から離すと、しおりの方を向きふわりと微笑んだ。 「だから、逃げたなんて言い方、しちゃだめですよ」  しおりの心に、勇也の言葉がすっと落ちてくる。ずっと自分の心を縛っていた鎖から、解き放たれたようだった。ハンターではなく、電気柵で護ろうとした自分の決断を初めて受け入れられた。しおりの目から静かに涙が零れ落ちる。 「ありがとう、ございます」  明日から、ちゃんと胸を張ろう。私が選んだ道を、歩き続けよう。やっとしおりは、前を向いて生きていけると思った。  しおりはひとしきり泣いて涙を拭こうとしたが、勇也に両手を握られていることを思い出す。しおりは再び顔を赤く染め、口をパクパクと動かした。 「あ、えっと、その」 しおりの様子をみて、勇也はしおりの両手を握りっぱなしだったことを思い出した。 「あ、すいません」  勇也は慌てて両手を離す。そして照れくさそうに頭を掻いた。 「それでは、オレ達は帰ります。今日はありがとうございました」 勇也は深々とお辞儀をし、しおりに背を向けた。昌義たちもつられてエアカーに向かう。 エアカーはぶわりと音をたて、宙に浮く。そして空を飛んだ。 勇也が視線を落とすと、しおりが手を振っていて、勇也も振り返した。 「さっきの清水君、王子様みたいだったね。誰に習ったの?」 「母です。昔、オレが癇癪を起すとああしてなだめてくれたんです」  がたりと、エアカーが揺れる。すぐに通常に戻るが、障害物がほぼないエアカーで大きく揺れるというのは、とても珍しいことだった。 「すみません、強風にあおられました」  空護の顔は見えないため、真偽は判断できない。しかし勇也には、その声はいつもより小さいような気がした。 「ならよかった。もし、気分が悪いようだったらちゃんと言ってね」  空護の態度に、昌義は何も思わないわけではなかった。しかし、無理に聞き出すことはせず、さらりと流す。 「分かりました」  空護は素直に返事をする。その声はいつも通りに思え、勇也は安堵した。  勇也は緩く右手を握りしめる。その手には、母親の華奢な手の感覚はもう残っていない。  じわりと、寂しさが滲んでくる。この寂しさがまとわりついて何年もたつが、未だ慣れることはない。勇也は小さく鼻をすすった。 「おい、清水」  空護はぶっきらぼうに声をかける。 「なんですか?」 「帰ったら、戦闘訓練な」  決定事項だ、と言外に伝わってくる。あの暴力の嵐をまた受けるのかと思うと、体が痛んだように感じた。 「分かりました!」  勇也は、内心を表に出すことなく、返事をする。いつか空護にやり返すことが、勇也にとっての小さな目標となった。 「はは、スパルタだねえ」  そんな2人のやり取りを、昌義は温かく見守る。  エアカーがゆっくりと下降する。勇也はいつの間にか、寂しさが消えていたことに気付いた。たまたまだろうが、空護のおかげだと思い当たり、悔しさで口を尖らせた。 ―――絶対に追い越してやる 勇也の、ハンターに対する答えは、まだ出そうにはない。しかし、目標とするハンターは決めた。打倒空護を心に掲げ、勇也はエアカーを降りる。 なんだかいつもより、大地を力強く踏みしめている気がした。
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