嗚呼へーベー、生なる恵みを

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 わたしが沈んでいる時、主人は小さな気遣いをしてくれる。  帰宅した彼の手にはコンビニの袋。おいしいと噂の、発売されたばかりのチョコレートを袋から出してわたしに見せた。半分こしようと。まるでいつもの口調でそう言うから、いつもわたしは悲しいほどに安堵する。  主人はわたしがどんなに落ち込んでいる時もいつもの口調を崩さない。  夕食の準備はもう済んでいた。がちゃがちゃ器具を落っことしたり、手を切っては敵わないと、包丁はゆっくりと使った。色々と不安で、まるで簡単なものしか作れなかった。具の少ない肉野菜炒めと具の少ない味噌汁。それだけだ。味付けは自信がない。けれども主人はいつだって美味しそうに食べてくれる。    チョコレート、夕食の前に食べたいなあと主人が言い出した。いつもそうだ。自分が食べたいんだという口実を作って息を吐く時間を作り出してくれる。そうして彼は着替えることもせずにキッチンへ向かった。苦めのコーヒーを淹れるためだ。いつもならわたしがやる。しかしこういう時はなにも言わずに自分からキッチンに入って淹れはじめる。それがまたとても美味しい。  初めて飲んだ時に絶賛したら、心が篭っているからだよと、主人は言った。ただ、それだけ、だって俺が不器用なこと知っているでしょと戯けた。  このお茶目な人が居るから、わたしは願いを抱きつづけることができる。いいえ、手放せず抱きつづけてしまう。
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