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ダイヤとハロウィン2
フジマは袋の中身を知らない。知る由もない。
ご褒美だと偽って咄嗟に渡しちまったが、下手にガードが固いので取り返すタイミングが掴めず難儀する。
部屋に帰ったフジマが袋を開けちまったら、店長は臨時バイトの大学生にメイド服を進呈した変態に成り下がる。
コスチュームプレイが趣味のバツイチおっさんでも、一応俺のバイト先の店長だ。
残り物のケーキを毎度持ち帰らせてくれる親切な上司が、ダチに変態と見なされドン引かれるのは忍びない。たとえ事実だったとしても、だ。
個人経営のケーキ屋にとっちゃ臨時でバイトに入ってくれるイケメン学生は貴重な戦力なので、離脱は痛い。
店長の評価の暴落を懸念する一方、メイド服を見たらフジマどんな顔すっかなといけない悪戯心がもたげてくる。
普段からスカしたコイツがあんぐり口を開けて固まるさまを想像したら愉快痛快胸が透く、なんて思っちまう俺は嫌なヤツだろうか。
道の先にアパートが見えてくる。フジマと競うように階段を上って部屋の前に立ち、鍵をさしこむ。
「お茶淹れるよ」
「頼む」
フジマが玄関で靴を脱ぐ。きちんと踵を揃えるあたりお育ちがいい。
俺は安物のローテーブルの前にどっかり座り、膝を崩してリラックス。
「あー肩こった、あの被り物けっこー重いんだよな」
「お疲れ様」
「お前もな。完璧執事になりきってて笑えた」
肩を回して嘆けば、できたフジマがすぐさま労わってくれる。
「いますぐにでも執事喫茶で働けそうだな」
「遠慮しとく。所詮はまねっこさ」
フジマがマグカップに紅茶を淹れ、タルトと一緒に運んでくる。
「待ってました。いただきまー……」
さっそくフォークを掴んでいただこうとすりゃ、フジマに軽く手をはたかれる。
「洗ってこい」
「えー」
「巧?」
「……へいへい」
目が笑ってない笑顔で命じられ、渋々腰を上げてシンクへ行く。ハンドソープを泡立て、素早く手を洗って戻ると、フジマが袋から出したメイド服に見入っていた。
遅かった。
「フ、フジマそれは」
「店長からのご褒美だって言ったよね」
フジマは膝においたメイド服に真顔で見入っている。
どうしようめちゃくちゃ気まずい。慌てて言い訳をさがす。
「そうだよ功労賞だよ、お前のおかげで売り上げよかったから特別に……店長一押しのメイドの制服だと、なかなか通だよな。須藤さんに着せたらセクハラになるから代わりに俺、じゃないフジマにって、ひっでー話だよなはははははただの厄介払いじゃねーかっての!別れた奥さんにも着せたのかなーおさがりかなー。店長がコスチュームプレイにハマってたなんて意外ってゆーか、人様の性生活はあんま想像したくねーよなはは……」
まずいまずい、音速で墓穴を掘って埋もれてる。
フジマの背中はうなだれている。
ひょっとして、本気でご褒美を期待してたのか?俺の部屋で袋を開ける瞬間を心待ちにしてたのか?なのによりにもよってメイド服でがっかりしてるのだとしたら
「本当に俺にくれたんだよね」
フジマがメイド服を見詰めたまま、無表情な声で確認をとる。
どんより不穏な気配を漂わせる幼馴染の背中に向かい、噛み噛みでフォローに入る。
「いやでも店長は悪気ねーんだ、そこだけはわかってやってくれ。ほんのジョークっていうかお茶目っていうか、お前キレイな顔してるしガチで似合うんじゃねーの?なぁんて」
「俺がもらったんなら好きにしていいよな」
「もちろん!!」
絶妙に微妙な空気の圧に耐えかねた挙句盛り上げようとして空回り、寒い独り芝居がド滑りして俺は、フジマの秘められた思惑にも気付かず、その言葉を強く強く肯定する。
「じゃあこうする」
フジマがにっこり微笑んで俺を手招き。
嫌な予感が頭の奥で膨れるが逆らえるはずもなく、ちょこんと向かいに正座する。
きちんと膝を揃えて座った俺に対し、フジマが有無を言わさずメイド服を突き付ける。
「着て、巧」
嫌な予感的中。
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