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ダイヤとハロウィン4
「くっ……!」
引き立て役にされんのも笑いものにされんのも慣れっこだけど、やっぱり恥ずかしいもんは恥ずかしいし惨めなもんは惨めだ。
膝の上においた拳を震わせてフジマに一言モノ申す。
「カボチャの次はメイドさんてさあ……イロモノ二段落ち罰ゲームかよ……!」
「顔上げて巧」
「やだ」
「ホントに可愛いから」
「ね?」と優しく促して頬に手を添える。
嘘でもお世辞でもないと信じたくなる魔法の力、ただの屑石を宝石に化かせる全能の暗示を秘めた声。
ステッキの一振りでかぼちゃを馬車に変え、シンデレラにドレスをプレゼントした魔女ってのは、こんな人たらしの声をしてるんだろうな。
フジマのぬくもりに包まれておそるおそる顔を上げりゃ、王子様はまっすぐ俺のへんてこな女装を見据え、輝く笑顔で率直すぎる感想を述べる。
「食べちゃいたい」
嘘と決め付けるには純粋すぎる眼差しに根負け、もうどうにでもなれと胸を張る。
「次は?」
「ご奉仕して」
「一肌脱ぐ」
「着たままで」
「言葉の綾だよ」
フジマの頼みとありゃ仕方ねえ、年に一度のハロウィンだきゃ特別出血サービスで大盤振る舞いだ。
やけっぱちでフォークをひったくり、雑にタルトを切り分けて真ん中にぶっ刺す。
「おいしいカボチャのタルトでごぜーますことよ、あーんしてくだせーましご主人様」
羞恥心は袋叩きでかなぐり捨て、ブサイクに引き攣る笑顔でフジマにタルトを差し向ける。
気分は田舎訛りがぬけねーやさぐれ不良メイドだ。
幼馴染は一瞬きょとんとしてからさも嬉しそうにニヤケまくり、いっそ殺してくれとフォークの先を震わす俺の手を掴んで、大胆にタルトをかじる。
ただ単にあーんしてるだけなのに後ろめたさと疚しさが紙一重なのはメイド服を着てるせいか、従順に屈むフジマの睫毛の長さを思い知ったからか。
「掃除が大変なんでカケラを落とさねーでくだせーましね」
「なら手で受けてよ」
色気をぶち壊すぞんざいな注意にもまるでへこたれず、俺の反対の手をぐっと掴んで自分の口元にあてがわせる。
「あーん……」
限界だ。耳まで火照る。やってられっかこんなままごと。
正座した足の指をむずむず組み替えて必死に堪えりゃ、俺の手からタルトを食い終えたフジマが挑発的に唇をなめる。
「ごちそうさま」
ふいに腰を上げて後ろに回り込む。
何する気だ?
戸惑うおれの背後に立ち、100円均一で買ったスタンドミラーの方へ導く。
「やめ、」
「鏡見て」
「もー無理無理無理だっていっそ殺せ!」
「可愛いよ巧、俺を信じて」
「ただメイド服着ただけだぞ、メイクもなんもしてねーのに可愛いわけあるか!いや元が元だからメイクしたってたかが知れてるけどさ、俺みてーな素材からぱっとしねーのがメイドさんのかっこなんかしたって痛えだけで、だったらカボチャかぶって笑い者になってたほうが断然気楽だよ!お前は女の子にきゃーきゃー言われる広告塔、俺は子供に群がられるゆるキャラ担当でいいじゃんか!身分相応適材適所ってヤツで」
「怒るぞ」
「は!?」
しどろもどろ怒って笑って卑下する俺を後ろから抱きすくめ、真剣な声色で囁くフジマ。
「今ここには俺とお前しかいないのに他のだれの目気にしてんだ」
図星を突かれて言葉に詰まる。
「巧を20年間見続けてきた俺が最高に可愛いって太鼓判押してるのに、有象無象の節穴を信じるのかよ。だとしたらお前の目ってジャックオランタンより節穴だな、からっぽでなんにも見えやしない」
「っ……でも」
往生際悪くごねる俺をもう一度抱き締め、肩口に額をもたせて言い聞かす。
「ちゃんと見て」
俺を。
お前を。
俺と一緒にいるお前を。
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