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ダイヤとハロウィン5
フジマのお願いに折れて、不承不承顔を正面に固定する。
長方形のスタンドミラーに映ったのは、オーソドックスな黒い生地と純白のプロンドレスのコントラストが鮮やかに映えるメイド服の男。
茶色い髪は無造作にはねまわって、中肉中背の身体は布の下に隠れてる。
「あれ?」
若干距離があるせいか、片目を眇めておっかなびっくり見てるせいか、覚悟していたより全然マシに見えた。
「思ってたより悪くはねえ……かな?」
フジマに毒されてとうとう俺の目までおかしくなっちまったのか、後ろからハグしてかけた魔法のせいか、鏡の中のもう1人の自分を新鮮に仕切り直して眺めることができた。
「言った通りだろ」
フジマは絶対俺を貶さない。
俺がどんな服を着ても可愛いと褒めて、手放しで受け入れてくれる。
どんなみっともない俺も笑わず晒さずに抱き締めて、全力で肯定してくれる。
「メイドさんてあんまり興味なかったけど、巧が着るとむらむらする」
言うことは最低だけど。うん。
「語彙力が裸足で逃げ出したぞ」
「ミニスカいいね。見えそうで見えないのがぐっとくる」
「常識で考えてポロリしたらやべーだろ」
「今夜はこれでする?」
「脱がすなら意味ねーじゃん」
「ちがうよ、脱がしてくのがいいんだって」
スカートを巻き上げて忍ぶ手をはたき、甲高い裏声で言ってやる。
「おふざけはやめてさっさとお茶を召し上がってくださいな、冷めてしまいますわよ」
「はあい」
フジマがいかにも残念そうに離れていく。
マグカップに口を付けてぬるい紅茶を嚥下、「そうだ」とフジマが思い出す。
「いいものがあるんだ、ちょっと待ってて」
フジマが服のポケットから取り出しのは広口の小瓶。
しゃれたガラス瓶の中には、砂糖をコーティングした紫色の花びらが詰まってる。
「何それ」
「巧の店で売ってたスミレの花の砂糖漬け。紅茶にあうっていうからナイショで買ってきた」
「あー……あったなそんなの、忘れてた」
フジマは何か企んでやがる。
上機嫌な笑顔で再び俺を呼びたて、自分のすぐ近くに座らせる。
「さっきのお返し。あーんして」
瓶のふたを捻って開け、砂糖をまぶした紫色のかたまりを一粒摘まみ取るフジマ。
「はあァああ?」
「あーん」
「気持ちは嬉しいけどフツーに食うって。あーんなんてする年でもがらでもねえし、メイドさんがご主人様に食わせてもらうってシチュからして間違ってんじゃん。スミレの花の砂糖漬け?だっけ、食べたことねえし。花の味すんの?」
若干引き気味に拒めど許さず、フジマは笑顔のまま紫色のかたまりをくちびるに押し付けてくる。
「ちょ待、おま強引」
「そっちもあーんしたんだからおあいこだろ。さあ口開けて、ご主人様の命令だよ」
「悪ノリやめろ、年一のハロウィンでテンションあげてんのか」
押し問答に疲れて大人しく口を開けりゃ、スミレの花の砂糖漬けを即放りこまれる。
「ん」
口の中に広がるふわりと優しい味、砂糖のコーティングが溶けたあと鼻腔に抜ける爽やかな香りにうっとりする。
甘過ぎずくどすぎず春めく仄甘さとでもいえばいいか。
「どう?」
「……わりかしイケる」
「だろ」
「ハイカラな金平糖って感じ」
してやったりと微笑んで瓶を膝によけておき、続けざま俺の肩に片手を移すや、スミレの後味をかすめとるようなキスをする。
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