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今日は満月か。どおりで道が明るいと思った。5月に入っても夜は少し肌寒いが、風にのって漂ってくる甘い香りが初夏を感じさせる。
久しぶりに地元で中学の同級生と飲んだ。あの頃、野球部に入っていた俺は、練習をさぼってばかりの不真面目で迷惑なヤツだった。30代も半ばに入った今になってもそのことをたっぷりいじられたが、楽しい飲み会だった。
帰り道、いつも練習で石段を登っていた神社の前で足が止まった。そういえばキャプテンだったあいつが「あの頃の試合から今の仕事まで、何かあったらお参りしてるけど、いつもうまくいくんだ」って言ってたな。久しぶりに俺も行ってみるか。
「神様、どうぞ楽してお金が儲かりますように。おいしい思いができますように。よろしくお願いします」
一瞬、月明かりに照らされたお供え物が艶やかに光ったように感じた。
調理師の専門学校を出た後レストランで修業をしたが、下っ端がやらせられる雑用や食材の下ごしらえが大嫌いで2年で辞めてしまった。料理は好きだが、地味な作業は性に合わない。今はショットバーを経営している。
いつものように夕方に店の鍵を開けて入ると、カウンターに見覚えのない段ボール箱があった。中を見ると大量の玉ねぎが入っている。カクテルに使う小さなパールオニオンではなく普通サイズの玉ねぎだ。いったい誰が…
「あなたの願いを叶えてあげたのよ」
急に背後から声がして驚いて振り返ると、そこには白いワンピースを着た若い女性が立っていた。透き通るほど肌が白く唇は赤く艶やかで美しい。
彼女は、あの日の夜の願い事を叶えるために来たという。ということは神様なのか?
俺はちょっとでも話題になればと思って店でカード占いをやっているが、あまり当たらないので効果がない。代わりにこの「玉ねぎ」で占ってみろという。お客の相談事を聞いてから玉ねぎを剥くと、その答えがずばり芯の部分に見えるらしい。
「ほら、ちょうどお客さんが来たわ。うまくやってね」
若い女性だった。職場でしつこくつきまとう男性に困っているそうだ。向こうの方が立場が上なので、社内で相談もできないという。
悩みに答えるため、彼女が飲み物を飲んでいる間に裏で玉ねぎを剥いてみた。あの女神が言ったとおり、字が見えたぞ。えーと、芯の部分に「その男、来月転勤」と書いてある。
そのまま伝えると彼女は大喜びで帰って行った。こんなに具体的に答えて大丈夫か?心配だったが、店の隅で見ていた女神は笑顔で満足げに言った。
「今後は占い目当てのお客さんがひっきりなしに来るわ。占いに使う玉ねぎは自然に補充されるから安心して。でも使った玉ねぎには効力があるから粗末にすると大きな罰が待ってるわよ」
それから数日後、占いが当たったとあの女性客が笑顔でお礼にやってきた。友達も占ってほしいと2人連れてきている。
1ヶ月も経たないうちに店は大繁盛し始めた。不思議なものでこの玉ねぎからは全くニオイがしない。しかし占いをしている俺の目にはうっすら涙が浮かぶため、客からは「真剣に悩みに向きあってくれている」と好評だった。
それにしても、なんだかうまく行き過ぎる。急に不安になってきたある日、俺は突然思い出した。そうだ!あの神社の神様は男だったはずだぞ。勇ましい勝負事の神様だと、部活の顧問から聞いた記憶がある。
じゃあ、あの女神はいったい誰だ?まさか俺を操って楽しんでいる悪魔か?
すると、俺の心の声が聞こえているのか女神はすぐに目の前に現れた。
「私は玉ねぎの妖精よ。あの夜、あなたは神社にお供えしてあった新玉ねぎの中にいる私に向って願い事をしたじゃない」
俺の反応を楽しむように笑顔でこう続けた。
「あなたは今年の年男でしょう?年男と年女の願いは全力で叶えてあげるのが私のルールなの。何か問題があるかしら?」
いや、ない。ありません。疑ってすみませんでした。願いが叶うなら神様でも妖精さんでも問題ありません。
そうか、あの時たしかに神社には丸くて白い何かがお供えしてあった。俺の地元は玉ねぎの産地だったな。
しかしお客が多いのは嬉しいが、だんだんと剥いた玉ねぎの使い道に困るようになってきた。食事だけでは食べ切れないから、占い客の待ち時間に「幸せになるスープ」と名付けて無料で提供すると好評で、これもまた話題になった。
こうして店は大評判になり、売上が一気に増えた。占いに集中するためにバーテンを新しく雇ったが、問題は玉ねぎの処理だ。家に帰ると玉ねぎを切って切って料理を作る毎日が続く。
俺は思い切ってキッチンカーを買った。昼間はオフィス街や公園で玉ねぎのスープやサラダ、オリジナルの玉ねぎドレッシングを販売しているが、どれも飛ぶように売れていた。まあ、料理の腕は確かだからな。
忙しい毎日が続く、あれ?そういえば俺の願い事は「楽して儲けたい」だったはずだ。どうしてこうなったんだよ。
キッチンカーの客に紛れていたのか、玉ねぎの妖精さんが突然目の前に現れてこう言った。
「あら、気づいたのね。あの日、あなたが来た時に急に思い出した事があったのよ」
昔、あの神社で俺と同じように玉ねぎに向ってお参りした男の願い事をまだ叶えていなかったらしい。
「彼の願いは、同じ野球部だったあなたに『真面目になってほしい』ってことだったから、あなたと彼の願いを同時に叶えてみたの!」
何だよそれ。俺が文句を言おうした気配を感じたのか
「私が活動するのは、初夏の新玉ねぎの季節だけなの。また来年会いましょう。あ、でも願い事があるなら12年後ね」
そう言って笑顔でウィンクをした瞬間、白いワンピースの背後から透き通るような羽が現れ、妖精さんは空高く飛んで行った。
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