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 もう一度目を閉じる。そして開ける。まだ八ヶ代は教壇前に立っている。  未来が何かの誤差で変わりますように――とどこへ宛てるでもなく願うオレだったが、願う前に気づく。オレの左横の席が、不自然に空いていることに。  片桐がその席を指差して、八ヶ代にこう言った。 「あそこの空いているスペースが君の席になる」  座って、と指示が下る前に八ヶ代は勝手にツカツカと歩いてその席に着く。片桐が一瞬呆れたような顔をしたが、それを言葉にすることもなく話を続ける。 「教科書の準備が遅れててな。世良、授業の時は机寄せて見せてやってくれ」  教科書の準備が遅れてるってどういうことだ……。内心そう突っ込みはしたが、ここで拒否してもどうしようもない。  いや、そもそもオレが拒否の意思を示す前に、八ヶ代は無遠慮にやってきて何の挨拶もせず机に座っていた。……なんて奴だ。けれど形式、体裁など諸々の問題でオレの方からも挨拶をしない、という選択肢はない。 「……よ、よろしく。あ、オレ……世良翔太って言うんだ」 「…………」  目線はこちらに少しだけ向いたような気がしたが、八ヶ代は何も答えない。だろうとは思っていたが、実際にここまでされると結構傷つく。  けれど、未来視の先に居たオレはコイツに教科書を見せてやっていた。つまり、”そうなる”のだ。オレは八ヶ代に、どうやったって必然的に教科書を見せることになる。そういうものなのだ、オレの未来視は。 「人見知りらしいからな、八ヶ代は。馴染むのにしばらく時間はかかるだろうが、まあお前らなら仲良くできるだろう。じゃ、ホームルームはこれで終わりだ。今日の授業も頑張れよ」  ……取ってつけたような”人見知り”設定。片桐の奴、気を利かせるのは結構だが、どうせ効かせるならまずオレの横に座らせないでほしかった。  ああまで気を遣ってもらっても、八ヶ代は何も言わない。伏せがちな目と固く結ばれた唇は、まるで命の宿らない人形のようだ。  片桐は「役目は終わった」とばかりに教壇を降りて、ドアを開けてさっさと出ていってしまう。自分の受け持つクラスに火種が持ち込まれたことを理解しているのだろうか? いや、アイツは薄情かつ楽観的っぽい人間なのはこの数ヶ月でなんとなくわかっている。だから多分、そこまで気にしていないのだろう。
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