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第四話…―それぞれの事情―
「泥棒が泥棒から盗んだものはもらっていいのかな?」
少年は置き去りにされたことを忘れているのだろうか。微笑んでいる。
「ちょっと、ふざけないでちょうだい。それは私のものよ!」
「まさか、冗談だよ」
マッチ売りの少女は小銭袋を受け取ると懐に大切に隠した。
「今のはナイスだっだけど、君ならやりかねない」
ノアは眉を落として笑いながら少年の肩をひじでつついた。色んな感情があったが、やはりまた会えたことが嬉しかった。そして事実少年は助けてくれたのだ。
「あら、この子、あんたの探してた子?やだ、ほんとに綺麗じゃない」
「君も綺麗だよ」
少年は伏せた横目で笑う。まるで大人のようで少女はびっくりしてどぎまぎした。
「ちょっと、こんなにませてるなんて聞いてないわ」
「ハハハ」
「で、あんたたち名前は?」
「僕は、ノア」
「私はエレナ・・・」
「ルカ」
三人が自己紹介を終えると、ノアはルカに言いたいことがあったのを思い出した。
「あ、そうだ、君に謝りたかったんだ」
「謝る?」
「うん、あのとき、君からしたら僕のためにしてくれたことなのに、責めて悪かったよ」
「へえ」
ルカは意外そうな顔をした。
「ケガは大丈夫なの?」
「別に、いつもやっていることだから、なんともない」
「そのわりにはかなりやられてたじゃないか」
「たまたまそういう日だったんだ。あいつ、僕が大人になったらコテンパンにしてやる」
「で、君・・・ルカはもう盗みはやめるんだよね?」
「さあ?いつそんなことを言ったかな」
「え」
「あんた、泥棒なの?じゃあなぜ私たちを助けたのよ」
「別に、通りがかっただけさ」
「君、仕事何かできるだろ。盗みなんかしなくたって・・・」
ルカはどこか遠くを見つめて黙ってしまった。
「あ、いけない、私はこの売り上げをおかみさんに届けなきゃ。ああ寒い寒い」
エレナはまた何かに巻き込まれまいとそそくさと退散した。
「・・・僕も、明日も朝早いから眠るとするよ、それじゃ」
ノアが立ち去ろうとすると後ろから肩をつかまれた。
「待て」
「なに?」
「朝も早いし帰りも遅いんだな。いったい何の仕事をしてるのさ?それになぜ路上生活してるんだ。それだけ働いていれば稼いでないわけじゃなさそうだし。おまえ、ずいぶん痩せてる」
「・・・僕の仕事をやろうってんじゃないだろうね?残念だけど、君には紹介できないよ」
ルカはいじけたように下を向いてしまった。
「どうせ僕にできる仕事なんかないさ」
「そういうことじゃなくて・・・」
ルカはこの時ノアの言っている意味まではわからなかった。
「稼ぎはほとんどない、前払いだから」
ノアは背を向けて小さい声で口にした。
「前払い?」
「うん、半年分、前払いなんだ。僕のとこには入らないけどね」
「じゃあおまえはどうやって食いつないでいるんだ?その前払いの分は誰がもらった?」
「その日の客のチップに頼るしかないね」
「家は?」
「一応、親方の家があるけど・・・」
ノアはここまで言うとだんまりしてしまった。
「家族はいないのかい?」
「いるよ。一応、故郷には。でも裕福なわけではないから、十二になったら自立することになってるんだ」
「前受けした分は家族にあげたのか?」
ルカの質問攻めは止まらなかった。
「僕、結構答えたと思うけど・・・君はどうなんだい?」
今度はルカが口を止めた。
「僕はいいんだ、話すと長いしややこしいから。それに解決できることもないしな」
「なんだよ、ずるいじゃないか」
ノアが少し怒ったふうに言うと、ルカは笑いながらそのままいつもの裏通りにかけていった。
「ルカは家族はいないの?」
二人は冷たい地面にねそべって星空を眺めている。
「いないよ、一人もね」
「一人も?ふるさとにも?」
「うん、いない。ここにいるやつらはみんなそうだろ?」
「そうか、じゃ、夢は何かある?」
「あっても叶わないなら持たない方がいいんだ」
「でも希望にはなるよ、頑張れば現実になるかもしれないし」
「頑張っても無理さ。この暮らしをまず抜け出すことだって難しいんだから。それに僕に聞く前にまず自分が夢を語るべきだろう」
「まあ、そうだね、誰か国全体を変えてくれる人が現れないとだめだろうな」
「ノア、おまえがなったらどうかな、その国を変える人とやらに。歴史に残れるよ」
ルカは冗談半分で言った。
「僕?僕の力なんかじゃ無理さ。今だって大人たちの目に僕は映ってないんだから」
ノアは突然真剣な表情になった。
「それに、この暮らしは僕にとって当たり前なんだ。最初はつらかったけど、辛いのがふつうになったんだ。無理をして変えたいとも思わないよ」
「それはよくない兆候だ、当たり前になるなよ」
「そうしないとやっていけないんだよ」
ノアは少し違和感を感じていた。
「君、なんだか、このへんにいる子たちと違うな。泥棒でも」
「いいや、僕はただの孤児さ」
昨夜の時間が夢のようにまた大変な一日がきた。朝焼けの空はこんなに美しいのに、これから始まる一日はなんて息苦しいんだろう。
ノアはこの世界の矛盾が毎朝辛かった。
「いいかい、僕は仕事に行くけど、君は盗みをするなよ。君のぶんも何か食べ物をもらえるよう一日頑張るから」
「僕は人の世話になりたくないんだ」
「なら!」
「何かできることがないか探してみるよ」
二人は別れた。
ルカはメイン通りで開かれているバザーや屋台を見回した。みな編み物、農作物や家具など、手作りの物を売っている。
(ちぇ、何か身につけておけばよかった)
ルカは自分の無力さに嫌気がさしていた。経験も技術もなくて雇ってもらえる仕事はなんだろう。
「水兵になるか、煙突掃除かな・・・」
ルカは冗談でつぶやいた自分に笑った。
「さすがにどんなに落ちてもそれはないだろう」
そのとき街中で掛け声が響いた。
「煙突掃除はいかがですかー!」
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