寄せ書き

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「寄せ書きしようぜ」 中学三年生のある日、たまたま同じ班になった彼が言い出して始めた寄せ書きは、やり始めて随分になる。 ノートに縦線を引いて四等分にして、一言ずつ何かを書く。そして、最後に名前を記入する。 ルールなんてないのだけれど、彼がノートを回して来たら、その日、その時、思っていることを少しだけ吐き出す。 そんなちょっと変わった寄せ書きだった。 最初の頃はクラス中が参加したものだったけれど、今はもう常連だけが名を連ねている。 常連――同じ班のマッツン、ケイちゃん、そしてタニアキの私。 タニアキ――谷本亜紀(たにもと あき)の略称。 それに、言い出しっぺの彼――真司君だ。 皆、幼稚園からの付き合い。 田舎なんて大抵はそんなもので、別に驚くことではない。 呼び合う名前もキャラで定着して随分になる。 仲良しこよしなんて間柄じゃないけれど、別に悪くもない。 兄弟みたいに心の根っこまでがバレている。それだけだ。 学年中が、誰と班になろうが私たちは誰もがそんな感じで、距離感に分け隔ては無かった。 担任の先生もそんな生徒を前に、班決めなんかに時間を割く気は無い。 くじでもなんでもなく、思いつくまま、気ままに、適当に名前をサークルに埋めていく。 しかも、全てが個々のニックネーム。 だから私の名前も『タニアキ』だし、真司君だって勿論、『真司』 「別の班になったね。真司君の寄せ書きもこれが最後になるかもね」 「んー?別に班限定じゃないし、誰が書いてもいいもんだけどな」 確かにそうだが、おそらくは他のみんなと同様に、今ほどは書こうとはしないだろう。 パラパラとめくる彼の手の隙間から垣間見える歴代の書き込みに、「ふぅん、いつの間にか随分な量だね」と、感嘆する。 パラっと開いて、彼は一か所をさり気なく消した。 『真司』の名前に彼自身の書いたものを消しているのだと分かる。 勿論、寄せ書きは匿名でもOK。 けれど、大抵は『若者の主張』らしく名前を書いている。 寄せ書きは、そもそも自分自身の足跡を残したくて書くものだと思うから、当然と言えば、当然だ。 彼が『真司』を消している合間の一瞬に、隣の席から私もさり気なく覗き見る。 彼が何を書いていたのかが気になったのだ。 因みに私の目はすこぶる良い。 自慢の2.0。 真司君は眼鏡だから、きっと2.0がどれほど視えるのか想像がつかない領域だったに違いない。
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