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彼は確かに順風満帆だったように視えていた。
なのに、何処でどんな歯車を掛け違えてしまったのか。
分からない。
彼の家の前を通るたびに、彼の家を振り返る。
何度も彼の家の前で足を止めるも、呼び鈴を押すことは出来なかった。
友人というには私たちの関係性は距離が遠いように思われた。
きっと彼にとって、ただのクラスメイトのカテゴリー。
受け止められる器も無いのに、踏み込めない。
別の引き金を引きそうな気もして怖かった。
会いに行かなくていい理由を上げ連ね、臆病な私は踏み込んでいける大人に匙を投げてしまった。
あの最後の一文を彼に捧げたのを最後に、私は彼に向き合おうとはしなかった。
それでも今尚、十年以上の歳月が流れても私は知りたいと、時折、彼のことを思い出す。
彼は高校の進学を棒に振ったが、持ち前の頭脳で検定試験に合格を果たし、大学へ進んだという。そして、今は税務関係の仕事に就いていると人伝に聞いた。そんなところは、流石の一言だ。
彼に会うことが叶ったなら、彼は当時のことを話してくれるだろうか?
いや、答えは『否』だろう。
元々、多くを語らない人だった。
あの、いつもの優しい表情で、笑って煙に巻くに決まっている。
だからこそ、彼は『真司君』だったのだから。
それに、必要とする場面で手を差し伸べることを躊躇った臆病者に、それを聞く権利はないように思われた。
私はスクールカウンセラーになった。
そして、今日もそんな悩める子羊さんらと真剣に向き合うのだ。
「私は知りたいの。なぜ、あなたが学校へ行けなくなったのかを――」
fin.
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