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君との再会
あれからどれくらい時間が経っただろう。
私はソウジと出会う前のように、変わらない日々を過ごしている。
相変わらず参拝者は少ないし、参道は落ち葉に覆われている。
気づけば霜月、一年に一度の神無月の神たちの集いも終わり、今年はもう暮れていくだけだ。
――こんなものだ。神の生き方なんて。
それでも、私にはソウジとのささやかな思い出が、つまらない日々もほんの少し色づくような、甘酸っぱい思い出があるから。
恋愛成就の祈りでしか感じたことのなかったときめきが、胸の内で脈打っているから。
寂しくない。
そう心に言い聞かせるように、私はいつものようにため息で落ち葉を吹き散らした。
今は早朝だ。日中ですらない。
鳥居の先に人がいる可能性は万に一つだってないだろう。
そう思っていたのに。
「わ、すごい風だ」
懐かしい声が耳に届いた。記憶よりも少し低くなっているが、聞き間違えるはずのない、ここに、いるはずがない声だ。
「……ソウジ」
私のつぶやきは彼には届かない。
再会したら一発叩いてやると思っていたのに、思うように身体が動かなかった。
そんな私の様子も知らないで、彼は自分の足元に目を向けて「大丈夫かい?」と尋ねる。
一体何を、と思い私も彼の足元を注視する。
そこには小さな女の子が居た。
誰か、なんて考えなくても分かった。彼の子だ。光を映す綺麗な瞳がよく似ている。
――そうか、あれからもうそんなに時間が経っていたのか。
感傷にふけっていると、彼は少女に神社参拝の仕方を教えながら、ゆっくりと私の目の前まで歩いてきて、祈りを捧げた。
大人になった彼と、昔、深夜に私に祈りを捧げた少年の姿が重なる。
『ミヅチ、聞こえているかい?』
うん、聞こえているよ。
知らず、涙が零れる。
ずっと聞いていたかった、愛おしい声。
彼はそれから、ぽつりぽつりと自分の近況を伝えてくれた。
あれから、いろいろ大変な想いをしながらも、母と共に元気に生きてこられたこと。
愛する人ができ、子を成して、無事にここまで育てることができたこと。
そのすべてが、ミヅチーー私のおかげであること。
そんなことないよ、と伝えたかった。
私は何もしてない、すべては君のがんばりの結果だよ、と伝えたかった。
でも、伝わらない。彼の正の感情が一方的に私の徳に変わっていくのが分かった。
何か、お返ししなければとても気が済まない。
『ミズチ、最後にお願い事があるんだ』
渡りに船だった。どんな願い事でも叶えよう、と意気込む私に向かって、彼は祈る。
『この子のことを見守っていてほしい。ミヅチがついてくれている。ただ、それだけで僕は安心できるから』
任せてほしい。必ず、守るから。
そう頷く私に礼を終え、彼は隣の少女の名前を呼んだ。
「――」
瞬間、不意を突かれた私の頭は真っ白になった。
ああ、こんなに嬉しいことはない。
私はもう、君の隣に居たんだね。
振り返り立ち去る二人に向かって、私は大きく手を振った。
「ばいばい、ソウジ、ミズチ、幸せにね!」
鳥居の向こう、橙の朝焼けの中で。
少女――ミヅチが私に向かって、恥ずかしそうに小さな手を振り返してくれたような気がした。
fin
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