君との出会い

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君との出会い

 それは昨年霜月の、月が綺麗な夜のことだった。  山中にある私の神社は、日中でさえ人が来ないが、夜に人が訪れることは滅多にない。  単純に道中が暗くて危ないからということもあるけれど、それ以上に熊や猪といった夜行性の動物に襲われる危険性が高いからだった。  ましてや霜月、冬眠前の動物たちが活発に動き回り、肌に染みる寒気が冬の訪れを伝える中、わざわざ神社を訪れる参拝者はあり得ないはずだった。 『助けてください、神様』  前述の理由から気を抜いて微睡んでいた私は、そんな弱弱しい祈りを感じて目を覚ました。  私の目の前に立って、寒さに肩を震わせながら手を合わしていたのは、年若い少年だった。 (この寒さの中、こんなに薄着で来るなんて……)  少年は動きやすさを重視した藍色の服(後から聞いたところ、学校指定のジャージという服らしい)しか身に纏っていなかった。  このまま凍死してしまわないだろうか、と少年を心配する私に向かって、彼は祈りを捧げる。 『僕は物心がつく前に父が亡くなってから、身体の弱い母に育ててもらいました。家は決して裕福ではなく、衣食も満足に手に入らない生活でしたが、そのことに不満を持ったことはありませんでした』  ここまで聞いて、私は少年がどんな願い事をするのか予想をしていた。  父親を生き返らせてほしい? それは神にもできない。  母親の身体を強くしてほしい? それは出来る。ただ、一時的な効果では意味が無いから、母親の身体を強くする間は、少年に願い続けてもらわなければならない。  生活を潤わせてほしい? 可能性として一番高そうであったが、少年自身が祈りの中で否定していた。  果たして、この祈りがどこに着地するのか、私は興味がそそられた。 『僕は決して不幸ではありません。学校にも通えているし、生きるために必要な知恵を学ぶことができています。それらはすべて、母が僕に心配をかけないように懸命に働いてくれているからです。僕はそんな母に心配をかけたくありませんでした』 『しかし、先日、母が僕に向かって言いました。ソウジ、いつも早く帰ってきてくれて嬉しいけれど、友達はいるの? 学校で、うまくやれてる? いつになく真剣な表情で問う母に僕は初めて嘘をつきました。いるよ、うまくやれているよと。実際の僕は孤立していて、家庭環境を理由にいじめにあっていましたが、そんなことを母の前で口に出せるわけがありませんでした』 『僕は早く家に帰れる今の環境に満足しています。嘘を真にするためにいじめに立ち向かい、友人を作り、遊んで帰って母を安心させるには時間が足りません。かと言って、母に嘘をつき続けるのは心苦しいです』 『そもそも、僕には友達がなんなのかすら分かりません。学校で見る同級生たちがつるむ姿はそれぞれ統一感がなく、真似することもできません。いつかは嘘もばれるでしょう。ですから、神様、お願いです』 『僕に、友達をください』 (……なんて良い子なんだ)  私の最初の感想はそれだった。  友達が欲しい。それだけならまだわかる。だが少年の――ソウジの願いの本質はそこではない。母親に心配をかけたくない、その一心なのだ。  弱弱しい願いなのは単純に身体が弱っているからで、その祈りの真摯さは十分に融資に値する。  私としても、ソウジの願い事を叶えたいと思った。  だけど――友達、か。  私は少し、迷っていた。  というのも、そもそも神様業全般において人間に友達を作ることは推奨されていないのだ。  自分自身が姿を現すことも、周りの環境に働きかけることも推奨されていない。  その点、禁止でないことを不思議に思って、神無月に一堂に会した時に三尾の狐神のキュウミと、豊満な体つきをした狸神のタツキに聞いたところ、口を揃えて「やめた方が良い」と言われたのを覚えている。  二人曰く、徳は集まるが、それ以上の損をするからという話だった。  しかし、そんな懸念を上回るだけの、ソウジの願いを叶えたい思いが既に私の中に生まれていた。  だから―― 「こんな夜に何してるの?」  私はソウジの前に姿を現し、そう言ったのだった。  ソウジは肩をびくりと震わせて私をじろじろと眺めた後(赤い着物を着た幼女のような姿をしている私が珍しかったのだろう)にこう言った。 「お互い様だろ。そっちも、何か嫌なことでもあったのか?」  この後、お互いに名乗り、私はソウジの願いごとを真似した過去を吐露した。  『友達が欲しい』  お互いに同じ願いを持っていることが分かれば、これほどたやすく叶う願いはない。  こうして、私とソウジは友達になったのだった。
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