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君との別れ
「ごめん、ミヅチ、今日も母の具合が悪そうだから、もう帰るね」
「そっか、分かったよ、ソウジ」
最近は夕暮れ前にソウジが帰ることが増えてきた。
以前に感じたソウジの祈りの変化の兆しも、もう無視できないものとなってきていた。
ソウジの祈り「友達が欲しい」は詰まるところ、母に心配をかけたくないという思いから発生したものだ。
その母の体調が悪くなれば、必然的に願いの内容は変化する。
それは、避けられないことだ。
分かっていたから、分からないふりをしていた。
だけど、それもついに終わりの時が来た。
☆
「ミヅチ!」
もうすぐ、日が沈むところだった。
今日はもう来ないと思っていたソウジが息を切らして走ってきた。
嫌な予感がする。聞きたくない。
「……ソウジ」
かすれるような返事をする私に、まくしたてるようにソウジは言った。
「ミヅチ! お願い! 助けて!」
「助けてって、何を言ってるの、ソウジ」
「母さんが流行り病にかかって、もともと身体が弱っていたから、お医者様が今晩が山だって」
「それで、どうして私のところに……?」
「だってミヅチは、この神社の神様だろ」
背中を冷や水が伝った気がした。
「なんで、私が、神様だって」
「それは……」
そう言ってソウジが指さしたのは、私の傍の地面だった。
「? それが?」
「ミヅチはさ、影が、無いんだよ。最初からそうだった。初めて会った日は満月で月明かりが明るかったから、一目でわかったよ」
言われて、初めて会った時に凝視されたことを思い出した。
そうか、あの時ソウジが気にしていたのは私の姿の奇抜さではなく、影だったのか。
「最初から気づいていたのに、友達になってくれていたの?」
「それは、ミヅチが何者であっても、僕は友達が欲しかったから」
それに、影を付け忘れるような存在が、害を与えてくるとは思えなかったし、とソウジは付け足した。
私は深呼吸をして、過去を振り返る。
気づいていたとはいえ、ソウジは私を決して特別扱いしていなかった。
それは私を大事に思っていたから? それとも――
「……それは、友達が、私じゃなくてもよかったってこと?」
「違う! 始めはそうだったかもしれない。だけど、今はミヅチ以外はあり得ないと思ってる! ミヅチは僕にとって大事な親友だ」
「そう、それでも……」
聞いても意味が無いことだって、分かってる。
だけど、聞かなければ気持ちが収まらなかった。
「私より、お母さんが大事なんだよね?」
「……そうだよ。まだ何も恩を返せてないから」
「私のこと、嫌いになった?」
「なってない。ミヅチのことは大好きだよ。離れたくない。叶うことなら、ずっと一緒に居たい。でも、ミヅチの様子を見て分かった。それは叶わないことなんだろ?」
「そうよ、同時に叶えられる願い事は一つだけ。その人が一番思う願いだけよ。お母さんの健康を願うのであれば、それは願い続けなければ叶わない。友達が欲しいという願いは二度と叶わないわ」
「……ごめん、それでも、僕は母を助けたい」
「そう、なら目を瞑って、私に祈りを捧げて。目を開けた時にはソウジの願いは叶っているわ」
「分かった」
ソウジは一歩下がり目を閉じて、手を合わせて強く願った。
『母を、助けたい』
「……私が居なくなっても強く生きてよね」
「もちろんだ」
「私の事、忘れないで」
「忘れないよ、約束する」
「さようなら、ソウジ」
(大好きよ)
言葉とともに融資する願いを切り替えて、私はそっとソウジの唇に口づけした。
目を開けたソウジは「ありがとう」と私が居ない虚空に呟いて、振り返り立ち去って行く。
涙が溢れて止まらなかった。
橙から紫に変わる空に滲んで溶けていくソウジの姿を見送りながら、もう二度とソウジの目に私の姿が映らない事実を受け止めきれずに、私は泣き崩れることしかできなかったのだった。
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