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神の訪問者
「いきなり御神酒を分けてほしいなんて言うから何事かと思ったら……」
「これは確実にやっちゃってますねー」
ソウジのことを少しでも忘れるために、昼も夜もなく御神酒を呑みふけり、気づけば手元に御神酒が無くなった私は神仲間のキュウミとタツキに声をかけた。
普段酒を呑まない私の誘いにただごとではないと思ったのだろう、二人は手元にある御神酒を握りしめ、その日のうちに来てくれた。持つべき者は神友である。
「来てくれてありがとう! ささ、盃を持って、かんぱーい!」
私の機嫌がおかしいことに戸惑いながらも、二人は盃を合わせてくれた。
「……とは言っても、私たちは蛇神のミヅチほどうわばみじゃないからゆっくり嗜むからね」
「そーそー、御神酒は美味しく呑むものですよー」
「うるさいわね! うだうだ言ってたら、その無駄に大きい胸を噛み千切るわよ!」
「無駄って……私は標準よ、タツキがおかしいだけで」
「……二人が小さいだけで私が標準ですよー」
「なにをー! 噛み! 千切る!」
ぎゃー、やめてー、と叫ぶ二人とのくんずほぐれつの乱闘は私に酔いが回ったところで落ち着いて、話題は私の様子がおかしいことに移った。
「その様子から察するに人間の前に姿を現して友達になっていたみたいね、ミヅチ」
「一カ月前に会った時にー、以前よりも随分と徳が高かったからそんな気がしてたんだけどー、やっぱりそうだよねー」
「……うん」
「それで、その人間とはどうなったの。忘れられちゃった? それとも別の願いを叶えてあげちゃった?」
「……どうして分かるの?」
「……分かるよー、だってキューミも私も既に経験していることだからー」
「え?」
詳しい話を聞いてみると、キュウミもタツキも人間と友達となって、その後別れる経験をしていたことが分かった。
別れ方は主に二つ。
相手に人間の友達が増えて忘れられてしまうか、別の願い事をされて相手の目に映らなくなってしまうか。
私は後者だが、二人は前者も経験済みだという。
「何度経験してもあれは悲しいよね」
「本当にねー、だからー、ミヅチがやけ酒しちゃう気持ちも分かるのですー」
「その時に一人きりでいるのが辛いこともね」
「いーっぱい泣くのですよミヅチー。その気持ちは決して言葉に表すことが出来ないからー、涙に流してしまうしかないのですー」
「…ぅぅうう、ありがとおぉぉぉ、二人ともぉぉおお」
途端に私の目から涙が溢れる。
タツキがそっと私の頭を抱きしめてくれた。服を汚すのが申し訳なくて抵抗したけれど、顔を上げるのが恥ずかしくなったのと、温かさが心地よかったのとですぐに力を失った。
「……好きだったよね」
キュウミの声に思いが弾ける。
そうだ、ソウジのことが、好きだった。大好きだった。
「ずーっと一緒に居たかったですよねー」
タツキの声に思いが重なる。
そうだ、ソウジが死ぬまで添い遂げたかった。叶わないと知っていても。
「裏切者って思っても、憎めないから辛いよね」
「呪いたくてもー、幸せになってほしいって思いの方が強くてー」
「自分以外の神様に幸せを祈りたくなっちゃうし」
「それをするくらいならー、例え届かなくても自分がやりたくなるようなー」
「……ねえ、ミヅチ、まだ起きてる?」
「……もー寝ちゃったかなー」
「ミヅチは気づいてないみたいだけど」
「その思いの強さはもー友情じゃないのですー愛情なのですー」
「別れには実は三つあるの。最後の一つは神側の都合」
「友達じゃなくてー恋人になってほしいって思った瞬間ー、友達でいる願いが叶えられなくなるのー」
「ミヅチの場合は、どっちだったのかな?」
「ねー、この様子だとどっちもありそうだけどねー」
そうかもしれない、と心の中で頷く私に布団がかかり、暗転する意識から二人がそっと遠ざかっていき、呑み会は静かに幕を下ろしたのだった。
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