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――春を迎える前にその世界は滅亡した。  それは、世界が滅亡を迎える数分前の話。  勇者は世界を救えなかった。  魔王の塔で、攫われた聖女が歌うのは、滅びの歌。  自我を奪われた清き乙女は、世界を壊すための歌を口にし続けた。  魔王を浄化するための浄化の歌を紡ぐ、そのはずの口で。  魔王の塔に集った勇者達は己の無力を嘆いた。  なぜもっと力がなかったのか。  なぜもっと早くたどり着けなかったのか。  なぜもっと注意深く行動できなかったのか。  なぜ。  なぜ。  なぜ。  たくさんの嘆きを抱きながら、世界の終わりと共に、勇者達の命はついえた。  そんな勇者たちと世界の終わりから、幾千年。  その時の記憶を持った少年が、とある小さな村で生まれていた。  かつて存在していた、世界の破滅を食い止められなかった勇者と同じ名前を持って。  確かに過去、勇者は敗れた。世界は滅びた、多くの人々が死んだ。  けれど、ごく一部の人間は生き残っていた。  徐々に数を増やしていった人類は、やがて確かな文明を築いていった。  世界は再生し、長い時間をかけて魔王に傷つけられた場所を癒していった。  やがて古の出来事が忘れ去られていった頃、眠っていた魔王が目覚めの兆候を見せる。  おとぎ話の存在である勇者と魔王。  かつてあった悲劇を知る者はだれもいない。  その世界に住む誰もが気が付いていない脅威に立ち向かうのは、記憶を持って生まれた少年、ただ一人だけだった。  転生した赤子はすくすくと育った。  しかし、彼は周囲と違っておとぎ話を信じたまま成長した。  修行をこなして力をつけた少年は、仲間を探して旅に出た。  心優しい回復魔法使いに、陽気な攻撃魔法使い。  あわてんぼうの弓使いに、憎めない盗賊。  彼らは少年の言葉を信じて、魔王が復活する時に備えてひたすら己を高め続けた。  そして、彼らが十分に力を付けた頃、魔王が復活し、世界が混とんに包まれた。  人々は恐怖に膝を屈し、明日をも知らない世界の中で膝を抱える。  少年の訴えに耳をかさなかった事を、人々はなぜと後悔した。  けれど、その脅威に心折られる事が無かった少年達は、魔王の塔にたどり着き、魔王に向けて剣を向けた。  心優しい回復魔法使いに体を癒してもらいながら、陽気な攻撃魔法使いに元気をもらう。  あわてんぼうの弓使いの努力に叱咤激励され、憎めない盗賊のふんばりに背中を押された。  少年は頼れる仲間と共に、何日もの激戦を戦い抜いて、魔王を倒した。  二度、滅びる事のなかった世界は、歓喜の声であふれかえった。 ――二度と見る事が無いと思われていた、春の季節の中で  何千年ごしに救われた世界の中で、過去かつてあって悔恨をすべて晴らした少年は、信頼できる仲間達と共に心安らかな余生を送った。
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