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――おいおいおいおい。さ、さすがやべえって。この女が殺したのか?つか、何の儀式をおっぱじめる気だよ……!
『チマグサ様』
彼女は子猫の首を置くと、祈るようにその前に膝まずいて唱え始めた。
『贄の用意は出来ました。どうかわたくしに力をお貸しください。わたくしに悪意を向ける全てを断罪してください。チマグサ様、チマグサ様……』
何の知識もない、俺にもわかってしまった。それが、何かを呪うための儀式であるということが。けして覗き見てはいけないものを、自分はたった今覗いてしまっているのではないかということが。
彼女は低い声でぶつぶつと数回唱えると、やがて一瞬リビングに引っ込み――包丁を持って戻ってきた。まさか、と思った次の瞬間、猫の生首に向かってその包丁を振り下ろしたのである。
ごきり、とも。ぐしゃり、ともつかぬおぞましい音がした。包丁は猫の眼窩を貫き、彼女は包丁が刺さったままの首をいとおしそうに持ち上げる。
俺はここで初めて、満理砂の笑顔を見た。まるで最愛の人を見るように、恍惚な笑顔で猫の首を眺めていた彼女は――突如ぐるん、と顔をこちらに向けたのである。そう。
目があったのだ。
絶対に気づかれるはずのない、隠し撮りカメラと。
『まずは』
きゅう、と。満理砂の目と口が、三日月型につり上がった。
『お前だ』
ガタガタガタン!と大きな音がした。俺が椅子から転げ落ちた音である。モニター前の机に乗っていたカップラーメンがひっくり返り、床に中身を飛び散らせたが気にしている余裕はなかった。
何故、彼女は俺の存在に気付いたのか。
俺が見ていることがわかったのか。
恐ろしくなり、慌ててモニターのスイッチを探った。とにかく通路を“閉じ”なければ、と本能的に思ったのである。画面の電源が切れさえすればもう、ここは安全になるはずだからと。
だが、そうは問屋が卸さなかった。いくらスイッチを押しても叩いても、モニターの電源が切れなかったのである。煌々と灯り続ける液晶画面。女はげらげらと声を上げて笑っていた。その顔がどんどんどん“こちら”に近付いてくる。天井にあるはずのカメラの方に。梯子も脚立もなく、体を浮かせでもしなければ近づけるはずもないカメラに。
否。
近づいてきているのはカメラでは、なく。
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