愛の咆吼

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愛の咆吼

 天使、という仕事を始めたことにさして大きな理由はなかった。強いて言うのあれば、スカウトされたから。自ら死ぬという罪を犯し、現世で自縛状態であった私を神様がスカウトして天使に引き上げてくれた、その恩を返す為と言えばそうなのかもしれない。神様の教えによれば、自殺というのは殺人と同等の罪になるはずである。本来ならばあって煉獄行きで、本来天国になんぞ行けるような存在ではないのだ。  煉獄は地獄とは違って苦痛に満ちた責め苦を受けることこそないものの、罪を償うために一定期間辛い労働をしなければならないとされている。どういうつもりで神様が特例を許してくれたのかは知らないが、天使という仕事(煉獄の労働と比べれば遥かに楽で、名誉な仕事だ)を与えてくれたかの人に、感謝するのは当然のことと言えば当然だろう。  まあ、私の仕事は、天使の中でもややシビアな方であるのは間違いないが。  現世での徳が認められて天国行きになったにも関わらず、神様が定めた規則を破り罪を犯す人間は時折現れて迷惑をかけるのである。そういった人間達を見つけ、捕まえては神様に突き出すのが私の仕事だった。いわば、天国の警察のようなものである。  人間達が犯す、一番多い罪は大別して二つ。  許可なく勝手に現世に降りようとするか――あってはならない“恋”をするか。  前者は現世に残してきてしまった大切な人に一目会いたい、と無断で現世に続く階段を降りようとするケースが多い。後者は天国における“恋愛のルール”を無視する行い全般だ。恋愛してはいけない相手と恋愛をすること。血の繋がった家族や一定以上の年齢差での恋、同性での恋などなど。もしくは、恋という名目で欲望にかられること。天国ではどれほど好きあった人間同士であっても、性行為は許されていない。キスをする、手を繋ぐ、ハグをするまでがギリギリのセーフ。それ以上のことをしようとすれば規則違反として罰されることになる。勿論、非合意で性行為に及ぼうとするなどは論外だ。 ――せっかく楽園に招かれたのに。人間は、死んでもなお愚かなままなんだな。  天使に、性別というものはない。当然私も無性別だ。そして、現世で生きていた頃自分が男であったか女であったかももう覚えていなかった。ただ、自殺したことからしても、まともな人生でなかったのは確かなことなのだろう。薄らと覚えているのは、いつも怒ったように手を振り上げる女の顔ばかり。きっと毎日、母親と呼ばれる存在に殴られていたということなのだと思われる。だから天使になった今も、私は“愛”というものをどうしても信じられずにいるのだろう。  “愛”の価値を信じていたのなら、きっとこの仕事にも嫌悪感に近いものを抱いたはずだ。
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