愛の咆吼

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 罪を罪だと知りながら愛し合う恋人たちを捕まえて引き裂き、神様に突き出す。捕まった者達はほぼほぼ地獄行きが確定したも同然で、自分は彼らの愛を踏みにじるも同然の行いをしているというわけだ。規則は守らなければならない、という名目で。愛という感情に、当然の罰を与えるわけである。  それを正義だと思っているわけではないが、おかしいとも思っていない私。  天使という仕事にやりがいを感じているわけでもなく、ただ漫然と仕事を続ける日々。むしろ空っぽで自分にも他人にも頓着がないからこそこの仕事が務まっているとも言えるだろう。きっと神様はそこまで見抜いた上で、私を警察を任せるに足る天使としてスカウトしたに違いないと思っている。 ――まあ、神様がやれといっているし、仕方ないよな。  今日もまた、私は現世に逃げようとした二人に恋人を捕まえている。 ――ずっと地縛霊になって現世にいたら、それこそ地獄に堕ちていたのかもしれないし。神様に感謝をするべきなんだろうし。……なら、任された仕事はきちんとやらないと。  その若い男女は、私の目の前で抱き合って震えていた。どちらもブロンドの髪をした、二十代の整った容姿である。彼らは天国における“恋”の規則を破り、それがバレそうになったがために天国から現世に逃げ出そうとしたのだった。  彼らが破ろうとした規則とは、つまり。 「お、お許しください、天使様!」  女性が、涙を流しながら訴える。 「私達は、愛し合っているのです!だから、もっともっとお互いが知りたかった……心だけでなく体も近くに行きたかった!禁止されているのはわかっておりました、それでも私達はお互い同意の上で、ただただ神聖な愛を確かめたかっただけなのです。断じて、欲望に溺れたわけではなく……」 「お互いが知りたいなら話をすればいいし、近くに行きたいなら手を繋いだり抱きしめ合ったりすればいいではないですか」 「天使様!」 「貴方達が言っていることは、自らを正当化する言い訳に過ぎませんよ」  正直、私にとっては彼らが逃げようが捕まろうがどうでもいいことである。彼らを心の底から否定しているわけでもなければ肯定しているわけでもない。ただ、それが仕事だから、テンプレート通りの台詞を吐いているだけである。 「愛があったら、いつ人が通るかもわからぬカレンナの木陰で裸になり、不埒な行為に及んでも許されるのですか?そんなことはないでしょう。満たされたのは心だけ?少しでも快楽に耽ったのなら、そこに欲望がひとかけらもなかったと何故言い切れるのですか」  私の言葉に、男性の方が女性をぎゅっと守るように抱きしめた。そっと彼女の名前を呟き、涙を零す。女性は茫然と私を見、やがてくしゃりと顔を歪めて、言った。 「愛とは、悪、なのですか」  何度も何度も、同じような台詞は飽きるほど聞いてきている。私はいつもと同じように、無感動に告げた。 「少なくとも、この場合はそうです。貴方達もわかっていたから逃げたのでしょう?」
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