愛の咆吼

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 ***  人間はどうしてこうも、滑稽な罪を繰り返すのだろう。  バレたら地獄行きになるのはわかっているのに。せっかく、痛みも苦しみもなく、労働することもない天国という名の楽園に招かれたのに、何故それをいっときの感情で捨てるような真似をするのか。  地獄は恐ろしいところだ。私も何度か見学に行ったから知っている。既に死者であり、魂だけの存在となっている人間達は永遠に終わらぬ責め苦を課せられるのだ。例えば十字架に括られて、爪先からえんえんと火で炙られる拷問。あるいは、大量の蛆が詰まった壺に落とされ、目から耳から鼻からと侵入する虫に苦しめられ続ける拷問。水によるものもあり、ひたすら冷たい水に沈められて窒息の苦しみを受け続ける拷問なんてものもあるようだ。  いずれにせよ、地獄に堕ちて悔い改めない者はない。誰も彼もその苦しみに耐えかね、自らの前世での行いを激しく後悔し懺悔せざるをえなくなるからだ。  あの場所ではありとあらゆる苦しみが集まり、罪を犯した人々の罪と罰が釣り合うまでえんえんと責め苦を受けることになるのである。あんな場所に好んで堕ちたいと思えるのは、よほど気合が入った被虐趣味な人間だけだろう。普通の人間にとっては、想像するだけで恐ろしさに失禁しそうなレベルの世界であるはずで、天国でも戒めとしてその情報は逐一人々に流し続けているというのに――。 ――本物の愛なんて、この世にはないはずだというのに。信じたところで裏切られると決まっているのに。  愛ゆえに罪を犯す人間は、毎日のように現れる。  女性同士、男性同士で愛し合った者達。祖父と孫ほども年が離れた者同士で愛し合った者達。中には双子の姉弟であるにも関わらず愛を確かめ合う行為をしてしまった者達もいた。私はそれらを全て見つけ次第捕獲し、神様のところに引きずり出して来たのである。  特に何の情緒もなく、どこかで彼らのことを見下しながら。 ――どうせ、どんな奴らも本当に可愛いのは自分のことだけ。本当の危機に陥ったのなら、平気で恋人も家族も切り捨てるに決まっているんだ。  今日も今日とて、鏡の前で長い金髪を梳かし、冷たい青い目をした己を見据えた後“出動”する。人間の頃より美しい容姿を手に入れたような気がするのに、天使という名誉な仕事をしているはずなのに、どうして私はこんなにも満たされることがないのだろう。  きっと、心のどこかでわかっていたのかもしれない。  私はただ、自分が受けることができなかった“愛”というものに嫉妬して、どこかで否定する理由を探し続けていただけだということに。
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