愛の咆吼

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 *** 「神様」  数日後。  他の天使達に捕まり、神様の御膳に引きずり出された私は。少し高い位置に浮かぶ椅子に腰掛ける神様を見上げて、告げたのだった。 「私は、貴方様に心から感謝しております。本当にありがとうございました……私を天使にしてくれて。天使にならなければ私は生涯、真の愛を知ることができなかったのだから」  愛の罪を犯した人々は牢屋に入れられて、神様の裁きが下るまでの間待たされることになる。なんせ数が非常に多いので、捕まえて即座に審判を下すということがほぼほぼ不可能であるためだ。神様は忙しい。一人ずつ丁寧に審査するともなれば、当然牢屋はたくさんの“裁きを待つ”人々で溢れかえることになる。  私は、警察を任された天使としての特権を使った。牢屋の鍵を開き、そこにいた人々全てを現世に逃がしたのである。彼らは既に階段を降りてゲートをくぐり、現世にて新しい命として生まれ変わっていることだろう。中には天国で出会った恋人と、再び巡り合うことができた者もいるかもしれない。  天使として、絶対に許されない行為をしたことはわかっている。私は間違いなく、地獄の中でも最下層に落とされることだろう。それでも。 「貴方に依頼されてこの仕事を始めた理由は、ただ他にするべきこともやりたいこともなかったからでした。そしてほんの少し、貴方に恩義を感じていたから、それだけのこと。……ですが今は違う。この仕事をしていて、本当に良かった。私は本物の愛が確かにこの世に存在することを知り、人間という存在に新たな希望を持つことができたのですから。この仕事をしていなければ、成し遂げられなかったことです」  勝手なことをしたのも、勝手なことを言っているのもわかっている。けれど、私は確かに満足していたのだ。天国に居続ける限り、天使でいる限り私は生まれ変わることなどできない。それでいいと思っていた。生まれ変わっても再びくだらない人間、くだらない人生に堕ちるばかりであるのだからと。  今は違う。地獄で罪を全て贖えば、どれほど時間がかかっても生まれ変わることができる。それを今、希望と思うことができるのだ。  こんな私にも次は、愛し愛される人生があるかもしれない、と。 「私のせいで地獄に堕ちた者達には、これから自ら出向いて懺悔をしようと思います。それで許されることはないでしょうけれど……長い長い時間をかけて罪を償わせて頂く所存です。それは、全ての人間に失望し、愛を信じることができなかった私に生まれた確かな希望でもあるのですから」 「永遠に楽園を守り続ける天使でいるより、地獄に堕ちて苦しみを受け、さらに生まれ変わって苦しみを再び味わう方が良いと申すか」 「人に生まれ変わることは苦しみだけではない。今の私は、そう思います」  もしかしたら神様は、最初から私にこのことを教えてくれようとしていたのではないか――なんて希望的観測でしかないけれど。  確かなことは一つ。私はきっと今、天使になって――否、存在して初めてと言っていいほど、最高の笑顔を浮かべているであろうということだ。 「何故ならば。愛はけして、悪ではないのだから」  私は愛を知るため、この仕事を始めたのだと今ならわかる。  愛を知り、罰を受け、そしてもう一度生まれ変わるのだ。  今度こそ一人の人間として、幸せになるために。
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