< Lezte Satz:それから、ふたりは。>

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このクソ素晴らしき世界。 Serenade No.13 / Eine kline Nachtmusik. < Lezte Satz:それから、ふたりは。> cad73084-2990-4564-9a8f-af77bbe83918 ………………………… 午後四時十一分、駅。  クリスマスの駅は改札からホームに向かう通路も、どこかへ出かけるひとたちのしあわせそうな空気でむせ返っていた。それが夏の海で身体に絡む、生ぬるく不快な波のように襲う。せつなが離ればなれになってしまわぬよう、固く結んだロープみたいに手を握っていてくれるのだけど、いつも頼りないきみに、こんなにも細い指で守らせようとさせたことに情けなく思っていた。 「……つな、ごめん」  いま、この手を離したら………まだ、きみを「辛さ」に巻き込まず、あたしは“あたしのせかい”に戻れるだろうか。なにもなかったように振舞っていれば、いままで通りのきみでいてくれるだろうか。 「謝らないで。わたしも、きょうこちゃんに会いたかったんだ」  ちいさく、弱気で、泣き虫のきみの言葉は、いつも語尾に「?」がついた疑問形だった。なのにいまは、あたしのせいで、真っ直ぐで強い言葉を言わなければいけない選択をさせてしまっているから、泣きそうになる。ホームに響くアナウンスの声。けたたましいベルが鳴り、今日という日に浮かれだっているひとたちを乗せて、電車が風を巻き上げながら入ってきた。その鉄の塊に巻き上げられた暴風に立ち向かうように立つ、ちいさな背中が強いんだ。風がきみの少し伸びた髪をさらい、顔を隠して、斜め後ろから覗こうとする表情が見えない。 「せつな?この“せかい”は、あたしにやさしくないんだ」  そう言って笑ってみせた。 「こんな、あたしの“せかい”に、きみを巻き込みたくない………ごめんなさい」  そう言って、また笑ってみせた。  初めから、こうしていれば、何もかも楽だったじゃないか。誰のことも気にかける必要のない、秋のあの日の数分前に戻るだけだ。また傷つき傷つけるだけのことを繰り返そうとしていたなんて、ほんとうに、あたしは馬鹿だ。自分さえ守ればいい、うまく“せかい”を生きられるまで“ふつう”だと装えばいい。それだけの毎日に戻れば、もう、 「きょうこちゃん、あなたはよわい」  強い言葉と強い瞳で振り返ったきみの顔は、はじめて見るきみだった。  発車のベルが鳴る。どこかへ、あたしたちを逃がしてくれるはずだった救いの舟が、駅からしあわせだけを乗せて去っていく。大きな鉄の塊でできた舟が暴力的に風を巻き上げるから、あたしたちは嵐のなかにいるみたいに髪をぐしゃぐしゃにされて、きみが握っている手が、さらに強く握られた。 「わたしは覚悟をした!あなたを守れるなら悪い子になってもいい!」  きみから溢れ出す、想い。いつも、その黄色信号の瞳からは涙が溢れていたのに、いま涙がないから想いの強さを知る。 「きょうこちゃんは、自分がよわいって認められないくらいに、よわい!  よわいと認めたくないから、せかいのせいにする!  だけど、それも知っているから余計に辛くなって、孤独になるくらいによわい!  もっと、わたしに見せてよ!  よわいところも情けないところも、ぜんぶ見せてよ!  ちゃんと、わたしといて!  わたしたちは、お友だちをするだけの関係なのっ!?  わたしはちがう!そんなのにはなりたくない!  あなたのとなりにいたい!  それが叶うなら、なんだってする!  悪い子にだってなる!叱られるのも怖くない!  もしかしたら……!  もしかしたら、  だれかを傷つけるだけではなくて、  ひとだって殺せるかもしれない」  せつなの覚悟。あたしは、ずっとそれをわかっていて、逃げるために『なにもない顔』をしてきた。せつなの後ろを走っていた鉄の塊が去り、夕陽が現れ、きみの姿が光のなかに“こころ”だけ残して、あの日、ふたりで存在した影だけの“せかい”で“こころ”の温度が秘めた想いを教えた。 「きょうこちゃんはセックスの経験ってある?」  いま、せつなが………。せつなは、そんなこと……知っていては、いけな……………、  もう………もう、これ以上、あたしに踏み込まないで。  “こころ”を覗いて汚れないで。  あの日から自分を守るために一生懸命つくった“せかい”にひとりにして。  この握った、あたしの手を放して。  はやくしないと、汚い、汚い、汚れたあたしの“せかい”が、きみに。 「あ、え………っ……せ、せつな?手、はやく………もう大丈…ぶ……だから………ねっ?」  視界が狭くなる。呼吸が………喉がせまくなってつまる。きみの“こころ”から夕陽で染められた空に視線を向け、また逃げる。 「経験があるって言えない?それとも言いたくない?」  言えないんじゃない、言いたくないんじゃない、これを言ってしまったら、せつなが………。 「ほんと、あなたはわたしのこと、ばかにしているよね」  逆光のなかにきみを探す。  あたしのせつなは、どこ? 「わたしが傷つくとでも思っているでしょう?  わたしが泣き出すんじゃないかと思っているでしょう?  わたしはよわいって、そう思っているんでしょう!?  純真無垢なはずのわたしが汚れてしまうと思っているでしょう!!  わたしが『女の子のきょうこちゃん』が、  男の子とセックスしたことがあるなんて知ったら、  あなたの汚れに傷つくとでも思っているんでしょう!!」 「そんな……………ないから、さ?」 「じゃあ!それならば、わたしとの間に距離を置くのはどうして?」 「……距離なんて、置いていないよ」 「じゃあ、どうして、きょうこちゃんから手をつないできてくれたりしなかったの?」  あ。と、小さく出た声が突きつけられた本当を証明して、確認するように握られた手を見たとき、夕陽に目が慣れ、あたしの“せかい”に探していた、せつなが現れた。その瞳にたくさん涙をためて、必死にこぼれないようにしているきみだ。だけど、溢れてくる量のほうが多いらしい。決壊した堰のように流れだす。 「わたしだって、さ!きょうこちゃんに触れたいよ!  わたしのはじめてが、あなたのはじめてと重なりたかったと思うよ!  あなたのはじめてになりたかったよ!  わたしは大切なあなたに求められたい!  それが手をつなぐ、くらいであっても!  大好きでしかたがないひとに、  やらしいこととか、身体に触れたいとか、  そういうこと思わないって……っ!  わたしは、そんな生き物じゃないって思っていた!?  ばかにしないでよっ!  わたしもふつうの十七歳なんだ!  いつも、あなたのことを思っては、いやらしいことばっかり考えているよっ!  いつもの電話が終わったあと、耳にあなたの声が残っているから、  目を閉じても考えてしまって眠れないんだ!  あなたとのいやらしいことばっかり、勝手に考えちゃうから!  どこか、おかしいじゃないかって!  わたしは、こんなにもいやらしい子だったのかって………  落ち込んで、苦しくなるんだっ!  でも、がまんしたら、よけいに苦しくなるから……!  やめられないんだよっ!!」  あたしのせつなが、ちがう、わたしが見ていたせつなは………、 「でも、いくら願っても、祈っても、きょうこちゃんは、  あなたはなにもしてくれない、言葉にもしてくれない。  いやらしいことどころか、キスだって………、  それよりも手を繋ぐくらいの、ふれあいも。  いつも、わたしが求めないとしてくれない。  あなたから「好き」という言葉も聞いたことがない。  あなたからは、一度もない。  いままで、ぜんぶ、わたしが求めたから、  あなたは、ただ応えた、だけ」  いままで、あたしからきみの手をとったことは………、ない。あたしから気持ちを伝えたことも、ない。せつながあたしを必要としてくれた夕陽の教室で………あたしは、きみの想いに返事をする言葉すらも曖昧にすることで、逃げた。 「前にあなたは聞いたよね?  わたしに『好きになった男の子はいないのか』って、  ほんとうに、わたしにとっては愚問だ。  ひとを好きになることに、  『男の子』とか『女の子』とか、  ほんと………くだらない。  わたしは『高橋今日子』が女だから好きになったんじゃない、  『高橋今日子』が男だったら、好きにならなかったんじゃない、  あなたを好きになったんだ。  ねえ?きょうこちゃん?  あなた、いままで『ひとの気持ち』の答えを、  自分の考えで選択して答えたことがあるの?」 「………なに……それ?せ、せつな?何が言いたい?」  いつも、あたしは自分で考え選択してきた。“せかい”はやさしくなかったから、ずっと自分で考えて生きていきた。髪を伸ばして切らないと決めた出来事も、間違っていると思い正してきたことも、やりたいことをやりたいようにやれないなんて、おかしいから戦ってきた。家族のことだって考えて、崩れないように必死にバランスを取ってきた。いままでの恋人だってそうだ。もちろん、きみのことだって、そうじゃないか。  崩れ襲う土砂や泥水のように、せつなの言葉が襲うから不快で仕方なく苛つく。 「あたしは、いままで選んできたよ……っ!  せつながあたしの何を知っているんだ!?  自分の意思で、全部、自分でやってきた!!  誰のちからも借りずに、ぜんぶ、自分で……っ」  せつなの哀れむ表情に言葉が詰まった。あたしがいま発していた言葉が、きみの言葉に向けたものではなく、ほんとうのことを突きつけられた自分に対して、ただ苛立って、虚勢をはっていただけだと気づく。 「ほんとうに、あなたは可哀想だ」  そんなに、ぼろぼろに泣いているのに、どうして、きみは強い? 「いまここにある『せかい』だなんて思いこんでいるところに、  あなたは繋ぎとめられたくないと思っているのはね。  あなたが、ここ以外に“せかいはない”って認めたくないからなんだよ。  ここで、なんとかしなくてはいけないと認めたくないから、  繋ぎとめられたくないなんて思いこむようにしている。  そうやって、ずっとせかいのせいにしていたい。  こんな汚ないことばっかりで、嫌なせかいだけれども、  あなたはたしかにここにいて、生きている証明が欲しいから、  ただ、何もせずに落ちてくる『好き』だけを待って、  『愛』をもらってきただけ、でしょう?  きょうこは可哀想なひとだ、それを『選択』だったなんて言う。  このせかいに、あなたを繋ぎとめるものはなくて、  あなたが思うほど、このせかいはひどくはなくて、  ほんとうは、  あなた自身に足りないものは、  あなたがあたたかく、やさしいものを見つけにいくんだよ。  このせかいから飛び出すことなんてできない。  ここは決して、楽しいことや、しあわせなことだけではないけれども、  好きなひとがいて、大切なひとがいて、恋ができて、夢も描けて、  こんな素晴らしいせかいにいられるなら、  いくらでも『苦しい』を乗り越えられる。  ここにいるための代償が、これくらいの『苦しい』なら安いくらいだ。  きょうこは、いやな自分も、いやな恋人も、いやなルールにだって、  ちゃんと向き合って、認め合って、  一方的にではなく、正し合い、反省し合い、導きあい、  ときには苦しくとも受け入れる。  そんな、このせかいを大切に思える、  ひとが持つ強さを知るのが、  怖いだけだ」  きみの息が乱れる、いままでに見たことがないくらいに涙を流し、ぐちゃぐちゃになっている顔。まっすぐにあたしを見る瞳に、きみの覚悟を知るから見とれてしまう。小説にでてくるような涙と瞳が、こんなにも神聖で美しいと思ったのははじめてだ。きみが、この空間で気温以上のあたたかさを持ち、夕陽に照らされ、影として存在しているのに、たしかにそこにいるとわかるくらい、つよい。 「きょうこ、わたしはあなたのことが好きです。  でも、あなたが『愛』と選べないなら、  あなたが選んだ気持ちに責任が持てないなら、  いま、ここで、   別れてください。  きん、と音がした。問が1+1のような簡単な問題は解が2だと知っているのに、いままでのあたしが違う答えを探そうと混乱する。せつなから覚悟の問が示されたから、それに答える解を言葉にするだけだ。それなのに、あたしの何かが喉を締めつけて、肺から空気を解放しようとしない。せつなのちいさく細い指のちからが抜け、つながれた手が解かれた。すぐに追ったけれど、その手はあたしを避ける。今日まで、あたしは自分の不安を和らげるためだけに、きみを求め、きみの好意にだけ甘えてきた。 その代償だ。 「きょうこは『わたしならゴッホになれる』って言おうとしたね。  わたしはゴッホになんかなりたくないよ。  教科書に載っていたでしょう。  彼は生涯で二千枚以上の絵を残し、その表現は天才だ。  でも、彼は誰からも愛されなかった、拒まれ続けた。  そして、自殺したって。  教科書に書いていなかったでしょう?  彼の人生はせかいから拒絶されることからはじまったって。  神に仕えることを許されず、何度かの恋は想いすら届くことはなかった。  彼自身に問題がなかったわけじゃないけれど、  「変人」どころか「狂人」と言われ「価値がない」なんて、友だちすら離れていった。  誰も彼と彼の表現したせかいに興味はなかった。  わたしは彼の人生を知って、  <このせかいに救いはない>  彼がそう感じていたように思ったの。  でも、そんな彼の絵はつよい。  彼にとって、せかいは『生きている辛さに値する美しいせかい』だったのかもしれない。  いつか、きっと、みんなわかってくれるはずだからって、思っていたかもしれない。  ただ、人間は彼につらくしぎた。彼は愛される対価を払いすぎたんだよ。  最期までひとを信じて、ひととして叫び続けたんだと思うよ。  『おれはここだ、だれかいるか、助けてくれ。ここだ、ここにいる。   こんなに美しいせかいでも、   ひとりはいやだ。ひとりぼっちはいやだ』  そう、彼は叫んでいたんだ。  わたしに聞こえるのは、そんな言葉ばかりだよ。  きょうこ。  わたしはゴッホなんかになりたくない。  生きているうちに、たくさんの愛や伸ばされた手に、  みんなに、わたしのことを知ってもらい、わかってもらいたい。  ちゃんと「人間」として死んでいきたい。  きょうこのように、せかいが変わってくれるのを、  自分の形に合う「愛」を与え続けてくれる誰かが現れるのを待つほど、  わたしはお人好しなんかじゃない。  わたしがあなたとの付き合いに感じるのは、  大切なひとに「こころ」をのぞいてもらえない、  うわべだけの付き合いをされて去られるかもしれない、  「絵」も「愛」も見てくれない恐怖なんだ。  それが怖い、すごく怖い。  わたしが知っているゴッホそのものだ。  そんな関係にわたしの存在を求めるのは、わたしがいないと同じ。  あなたのせかいに、わたしはいない。  こんなに叫び続けているのに、気づいてくれないなんて、  いないのとおなじ。  けど、  わたしはゴッホやあなたとちがうから、  ちゃんと最期の日まで、  世界を生きていく」  世界は大きな音を立てて回っている。  だから、世界が小さなあたしになんか気づきやしない。  世界はひとり分の場所を借りて、生きていく人間なんかに、  いちいちかまっていられるほど暇じゃない。  ただ、回るのにだけ忙しい。  あたしには、ここがやさしいだなんて思えない。けれども、やさしくしてくれるひとがいる。あたしに『愛』を与えてくれるひとがいる。みんな、そうだった。あたしが求めた『愛のかたち』じゃなかっだけで踏みにじってきた。  またホームにひとが溢れだして救いの舟だと思い込んでいた、ただの鉄の塊で出来た移動手段がアナウンスとベルに導かれて入ってきた。再び、嵐。暴風のなかで、あたしはきみに叫んだ。  ────心を。 午後七時十分。  雪のちらつき始めた雲は黒く垂れ込め重いのに、今日という日をやさしく包みこむようだった。結局、あたしたちは電車に乗ることも、どこかに逃げることもなく、ホームにある自動販売機であたたかい飲み物を買って、誰かが誰かのために設置した待合室で話をした。  ふたりがふたりのためにいなかった時を埋めるために、たくさんの心を分けあった。  そして、いつものように「それじゃあ、またね。きょうこ」「うん、また。次は大晦日だね」と言って別れる。きみの言葉に「?」がなくなっていて、おどおどと光を跳ねさせていた瞳に、ひとつ真っ直ぐな光を佇ませている。やっぱり………きみはあたしの、星だ。扉を大きく開け、あたしの町へと運ぶ電車に乗ろうと10センチメートルの谷を越えようとした背中に、トンっとちいさな衝撃と腰に絡められる弱いちから。あたたかい息でできた声と言葉がくすぐったく背中で鳴る。 「わたしが離れたくないって、わがまま言ったら?」  あたしの背中に伝わる、ちいさく、たしかな、きみの温度と、  覚悟。 「今日はだめだよ、せつな。ちゃんとお母さんと過ごしてあげて」  そう言って、きみのちいさく魅力的な膨らみをもつくちびるに、人差し指を。 「っ!」  きみは顔を真っ赤にしたあと「ばか」と言って、頬を膨らませて抗議の表情を浮かべるのが、それがとてもかわいいから、また意地悪をしたくなる。きみが伸ばしはじめた髪を片方かき上げ、耳元で。 「あたしの言うことを聞きなさい。  もし、言うことが聞けたなら、  …………、……………。  あたしの言うことを聞けるかい?」  ぶんっぶんっと、一所懸命うなずくきみ。 「そんなに強くうなずいたら、頭、取れるよ」  あたしは家に戻ると弟と弟の彼女に謝って、駅前のケーキ屋さんにひとつ残っていた大きな大きなケーキを、あたしと弟、弟の彼女、母の四人で食べた。せつなは、お母さんにあたしの名前と『大切なひと』であることを話し、お父さんに「おかえりなさい」と「たかはしきょうこ」を言葉にするために日付が変わり「おかえりなさい、お父さん」と言うまで待っていたらしい。 「おねえちゃんが帰ってきてくれて、よかった」  洗い物をしていると、壱生が隣でぼそっと言う。 「ほんとうに、ごめんね。いちな」  いつ以来だろうか、壱生が『きょうちゃん』ではなく『おねえちゃん』と言った。 「……いや…………俺のほうこそ。あんなこと……ごめん」  遅くなったけれど、いまはわかるんだよ。好きなひと以外の周りが見えなくなるくらい一所懸命になってしまう、そのどうしようもなく止められない“こころ”がわかる。壱生の“こころ”に、その強く伸びようとする芽が出たんだね。 「大切にするんだよ、いちな」 「もちろん」  即答のわりに脊髄反射ではない強くまっすぐな言葉に「おねえちゃん、おねえちゃん」と後ばかりついたきていた弟はいない。そうか、壱生も“せかい”で自分を生きようとしていて、そのちからを育てている。大切にしたいひとのことで、そんなことが、ちゃんと言えちゃうようなったんだなあ。 「あんなかわいい子に『お姉さま』なんて呼ばれ続けたいねえ?いちなくん?」 「そ、そ…それはー………」  顔を赤くした苦笑いと、まっすぐな瞳。 「……うん。俺も、そう………なりたいと思う」  それまで大切に思われ続けるよう、思い続けるんだよ。あたしたち“こども”のする恋が、どこまで続くのか怪しいけれど強く願ってしまうんだ。ついさっきまで、何も知らなかったあたしだけど、それでも知ってしまったから、強く願ってしまうんだよ。  壱生と壱生の彼女が、しあわせなまま永遠でありますように、と。 桜の咲く、春。  あたしたちは二月にふたりの家族同士で会い、改めて、大切なひとが同性であることを打ち明けた。繊細な問題であることも、なかなか理解されない関係であることも、ひとによっては冷たい態度を取るひともいるということも、授業や教科書、本で読み「知識」としてだけは、頭に入っていることも伝えた。それらは知っているだけで、まだ理解はしていないことも伝えた。だからこそ、大切な家族にだけは嘘や隠し事をせず、本当のことを話し、何かあったときに、ふたりでどうしようもなくなって誰かの助けがほしいとき、手を差し伸べてくれる最後のひとが、家族であってほしいと願ったから話すことにしたんだ。すべてに嘘をつかず、すべて、話した。  いつまで続く「ふたり」かわからない。だけど「ふたり」でいることを選び、胸をはっていようと決め覚悟したから家族に話したんだ。突然の告白に驚かれたし、複雑な表情も見た。沈黙や涙、傷つくような言葉もあったけれども、あたしたちはそれらすべてを「ふたりのこと」として、 「ちゃんと傷つき」「ちゃんと受け止め」「ちゃんと前を向き」「ちゃんと逃げず」に、 「すべて、心だ。受け止めよう」  あたしはせつなに、せつなはあたしに、そう言って誓った。  ただ「ひと」を愛するというだけの、誰にでも備わっている大切なものが、性別や、生まれた場所、育った場所、肌の色や信じるものの違い、それらがすこし違うだけで『当たり前のことを、当たり前のようにすること』が、この世界では何度も流行のように変わり、その時代、時代で、それぞれの難しさを持ってきた。  あたしたちは、しあわせだ。  この世界のどこかでは『愛すること』を心のなかにしまい込んで、届かないほうが幸せだと想いを殺している人がいる。心以外は離れ離れになってしまって、もう二度と会えない人もたくさんいる。あたしとせつなの、まだ「ふつう」とされない関係は家族から否定されたわけではなかった。でも、肯定されたということでもない。その気持ちも理解しようと努力していく。それはこれから世界から出され続ける問を解くためのヒントになるはずだ。 「思春期のあなたたちには、まれにあること。  だから関係が進んだときに、もし違っていたと思ったときに、  深くふたりが傷つかないよう、二十歳までは性的な関係は持たずに付き合いなさい。  それでも惹かれ合っているのであれば、心身を許せるパートナーとして生きなさい」  これが、あたしたちの『ふたり』に出された家族からの宿題。家族にとっても『ふたりの関係』を飲み込むための勉強をして理解をする時間だ。  だから、ふたりでふたりに出した宿題がある。  絶対に家族を裏切るようなことはしない、  それをする「愛」なら、それをふたりは「愛」として選ばない。  ────あたしたちは不器用だ。  それでも生きている。  わたしたちは傷つくと知っていながら歩いているんだ。  この世界は、みんなを乗せて今日も回る。  その暴力的な早さは、誰かのいちいちに構っていられないくらい早い。  この世界は乗せているひとが多いから「寛容」という言葉で片付けたり、  気づかないふりをしないと、いちいちやっていけないのかもしれない。  ただ、愛されていることはわかっているんだ。  もし、あたしたちが愛されていないなら、  きみが「素晴らしい世界」だと言い、  あなたが「良くも悪くもクソ素晴らしいだな」と言って、  きみに怒られた、この“クソ”素晴らしき世界に、  ふたりは生かされてなんかしない。 「今日子、行こう」 「うん、行こうか。刹那」 ふたりで、この世の果てまで。 25d6c509-c5fe-4b3c-a0db-911603643f2d ………………………… このクソ素晴らしき世界。おわり。 Serenade No13/Eine kline Nachtmusik. :||
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