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「立花が描いた例の絵を探してる男なんだがかなりやり手と話はよく聞くものの、本人とは不自然なくらい行き合わない。まるで避けられてるみたいだ」
どうやら秀人は結婚式前日まで、その違和感を調べていたらしい。
「ーー男?」
酒井の表情は強張ったまま。手紙に続き、男についての情報を読むと眉間を揉み、あぁと低く呻く。
「急にどうした? この優真って奴を知ってるのか?」
流石に秀人も気遣い、加減を伺う。額に脂汗を浮かべ、酒井がかぶりを振る。
「存じません。今のところ暁月に影響はないでしょう」
「今のところ、ね。商売敵となれば厄介だな」
厄介と言いつつ、優真側が秀人を知らないはずがない自信が滲む。対面を避け、こそこそ自分の周りをうろつく優真を捕まえたい。
「……申し訳ありませんが、少し目眩がしますので明日に備えて今日は失礼します」
「ああ、大丈夫か? 無理はするな。酒井、お前に代わりは居ないーーお前だけは代えがきかない」
秀人は淋しげに微笑み、退出を促す。酒井もなんとか微笑み返す。
大きく頷き秀人の言葉を肯定してから、酒井は私室へ戻る。
酒井はいつの間にか暁月家に住み込み、秀人と衣食をともにしてきた。
だから自分も暁月の一員、護らねばならない、何があろうと。決意と覚悟を込め、大股で歩く。
「……あれは?」
その時、庭で動く影を見つける。酒井は廊下の窓へ寄り、目を凝らした。
影に見えたのは外套を纏っているからか。影は裾を揺らして花々を愛で、1輪手折ると香りを楽しむ。
すると影も酒井に気付く。手にした花を落として暫し見つめ合った後、影がおもむろに纏った外套を払う。
「ひっ!」
艷やかな黒髪の下にある素顔をみ、酒井が呼吸を引き攣らす。そんな酒井に女が唇を指し示す。
女は一言、一言、はっきり区切って伝えてきた。
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