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別離
「この先がアンドヴァリが住む風穴だ。今スクナヒコを偵察に出している。」
ジューノがもう一晩の休息を提案した。
「悠長だな。」
アレンが呆れたように言う。
「急がば回れだ。それに危機(リスク)は極力避けねばならぬ。」
「おうおう・・どうした事やら。」
アレンがジューノの言葉を揶揄する。
「どう思われても結構。」
ジューノは野営の準備を始めた。
朝日が登るとジューノは真っ先にテントをかたづけた。
「ぐずぐずするな。時は待ってくれない。サイゼルの歩みが一歩停滞すれば、敵はその分強大になるはずだ。急げ。」
「スクナヒコは。」
ワーロックが尋ねる。
「昨夜のうちに帰ってきた。
もう、さほどの魔物はいない。」
風がゴウゴウと鳴る。その風は洞窟の中から吹き出てくる。
「行きましょうか。」
一瞬たじろぐ者達を促し、ワーロックが歩を進める。
中は思った以上に広い。
だだっ広い広場があり、そこから奥に通じる穴が幾つも見える。
「何をしに来た。」
暗がりから声がし、点々と灯りがともる。
「何をしに来た。」
もう一度押し殺した声が風に乗って響く。
「貴方の指輪を貸して貰いたくて参りました。」
ワーロックが丁寧に答える。
「貸す・・・違うだろう。儂には解っている、儂の指輪を奪いに来ている事がな。」
「奪いになど・・・」
「これだろう。」
アンドヴァリは言い淀むワーロックの前に一つの指輪を投げた。
乾いた音を立て、その指輪はワーロックの前でクルクルと回った。
「“召喚の指輪”・・貸して貰う。」
「持って行きな。
お前にそのつもりがなくとも、その指輪は儂の元を去る。
だが残りの二つは・・・」
アンドヴァリの姿はその場から忽然と消えた。
「借りるだけのつもりが・・」
ワーロックが回転の止まった指輪を拾い上げる。
「お前がやるか。」
笑いながらジューノの顔を見る。
「これ以上、陰の者との接触は俺の精神が保たん。」
解っているだろうと言わんばかりにジューノが笑い返す。
「ヴァサゴ。」
ワーロックの声と共に辺りに白い煙が充満する。
「何が始まる。」
「まあ見ていなさい。」
アレンの問いをワーロックが軽く受け流す。
白い煙が晴れると、ワニに乗った痩せさらばえた男が白い鳥と共に現れた。
「目は見えずとも、現在、過去、未来を見通す者。どんな秘密もこの者には通じない。」
ジューノが横からサイゼルに教える。
「聞きたいことは何じゃ。」
嗄れたヴァサゴの声。
「我等の敵のこと。」
「それは儂の仲間の事・・言えぬ。」
ワーロックの問いにヴァサゴが尊大に首を振る。
「ならばここでくたばって貰うだけの事。」
ジューノがアンフィスバエナの呪符を示し、脅しをかける。
「これだけではない、全員で掛かる。逆らえば・・・」
ニヤリと笑うジューノに肝を冷やしたか、
「よかろう。名を教えるくらいであれば・・・」
と口淀みながらもヴァサゴは頷いた。
「名をルグゼブと呼ばれる邪神。」
「邪神ルグゼブ・・聞いた事もないな。」
「一人の司祭が作り出した邪神。世の中には知られていない。
生けるものの苦痛、憤怒、悲嘆、その他あらゆる厄災を好み、それを喰って肥え太り、変化(へんげ)を続けていく。
完全に目覚めればお前達の手に負える代物ではない。」
「それをこの世に送った司祭とは。」
「今、側に居るのはその司祭の姿をした我等が眷属ガープ。
邪神の階位(レヴェル)が高すぎ、それ以上のことは儂にも解らぬ。」
「その邪神はどこに居る。」
「これ以上は儂には答えられない。答えれば儂が消滅する。」
「何だと。今ここで斃してやろうか。」
息巻くアレンをワーロックが引き留める。
「他には。」
「この若者。サイゼルの母はここに居るのか。」
「ここにはいない。お前達は騙されただけだ、七賢者にな。」
「何だと。」
アレンの声がさらに大きくなる。
「七賢者は“召喚の指輪”を欲した。そこでお前達に偽の情報を流しここまで導いた。」
それを聞きワーロックが唇を噛んだ。
「特にお前。」
ヴァサゴがワーロックを指さす。
「波長が七賢者に似ている。それを利用されている。」
「そんな事よりサイザルの母親は。」
と、アレンの怒声。
「お前達の後にランダの所へ行った。
そこでアモール教の司祭に囚われ連れ去られた。」
「どこへ。」
「解らぬ。さっきも言ったが相手の階位(レヴェル)が高すぎる。」
「解らぬ・・ばかりか・・・こんな指輪・・」
アレンはワーロックの手から指輪を奪い地面に叩きつけた。
その時
地面にもう一つ、淡い紫の煙が立った。その中に七賢者の影が映る。
「ワーロックよ、その指輪をホーリークリフまで持ってこい。さすればカダイに掛かったリャーノーンシーの呪いも解いて進ぜよう。」
「あれもお前達の仕業か。」
珍しくワーロックの眉に霜が立つ。
「ホーリークリフで待って居る。」
それだけを言うと煙はすぐに消えた。
「くそ。」
指輪を拾い上げたアレンが辺りを見回す。
「あいつは・・ヴァサゴとやらは。」
「この隙に逃げたようだな。」
ジューノが事も無げに言う。
「だが、奴の話を統合すると俺達の行き先は見えた。」
ジューノの言葉をワーロックが押さえる。
「私の前で言うな。また利用される。
ランダの所までは一緒に行く。だがそこからは・・・」
「そこからは。」
「別れなければならない。私はカダイと二人、ホーリークリフを目指す。」
「俺も一緒に行って七賢者とやらを叩き斬る。」
「それは無理だろう。あそこは結界に包まれている。あそこに登れるのは、たぶん陽の因子を持つ者だけ。
それに私と共にいればお前達がまた奴らに利用される。
私がホーリークリフに登り、それを阻止する。」
「チッ・・そいつらの思い通りか。」
アレンが吐き捨てた。
× × × ×
「世の中、騒がしいねぇ。」
ランダは浴槽で渋い顔をしていた。
そこへ、来客です。と、バーローが取り次ぎに来た。
「誰だい。」
「ワーロック達です。」
そうかい。と言って、ランダは浴槽を出た。
「あっちもこっちも煩(うるさ)い事ばかりだよ。」
濡れた素肌に薄衣のローブを羽織りながらランダは応接間に入っていった。
「何の用だい。」
「サイゼルの母親は。」
噛みつくようなアレンの声。
「ファナとか言ったねぇ、あの女・・アモールの司祭に売ったよ。」
「なぜそんな事をする。」
「私は人買いだからねぇ。人を集め、それを売る。それが私の本業だよ。
最近はちょっとその商売もやりにくくなったけどねぇ。」
ランダが笑う。その憎々しげな顔にアレンが背中の剣、鬼切り丸に手を掛ける。
「止せ。無理だ。」
ワーロックがそれを止める。
「サイゼルの母、ファナは何処に連れ去られた。」
「商売物の行き先なんか知らないよ。」
それでもランダはニヤニヤとした笑いを止めない。
「ネヴァン。」
その態度に業を煮やしたか、アレンが妖鳥を呼び出した。
「止めろ。」
再度のワーロックの声も聞かず、アレンがネヴァンに攻撃を命じる。
ネヴァンの羽根から無数の鎌鼬が飛ぶ。だが、たった一つの切り傷はつけたもののランダにはその攻撃は用をなさなかった。
「私の息子だから少々のいたずらは勘弁してやるが、次は許さないよ。」
ランダは長い舌を伸ばし、頬の傷から流れる血を舐めとった。
「やめておけアレン。お前では刃が立たぬ。」
ワーロックがアレンの前に立ちはだかる。
「お前さん、七賢者とやらの絆(ライン)は断ったがいいんじゃないかい。いいように利用されている。
まあ時間は掛かるだろうけどね。」
またしてもランダが笑う。
それには答えず、
「本当にファナの行方は解りませんか。」
と、念を押した。
「解らないねぇ。
ところであんた達これからどうするんだい。」
「私はここからホーリークリフを目指す。残った者達はファナを探す旅を続ける。」
「そうかい・・持って行きな。ファナを売った対価の一部だよ。」
ランダはサイゼルの足下に革袋を投げた。
「十金(ゴールド)入っている、何かの足しには成るだろうよ。」
舌打ちをしながらアレンがそれを手に取った。
「まあ、絆(ライン)を断つ事に努める事だね。」
「お前はどうするんだ。」
頷きながらワーロックが尋ねる。
「さあねぇ・・ここも住みにくくなってきたからねぇ・・大きな戦争も起きそうだし。
他所(よそ)にでも行くかね。」
「私はカダイと共にここで別れる。
ジューノ、後の事は宜しく頼む。」
ランダの屋敷を出るとすぐにワーロックは道を別にした。
「金袋を開いてみろ。」
ワーロックの姿が見えなくなるとジューノがアレンに命じた。
「ふん、金の数でも確かめるつもりか。」
アレンがそれに毒づく。
金袋に突っ込んだアレンの手に羊皮紙が当たる。
「これは・・・」
それを開くと、そこには“キュア”とだけ書いてあった。
「ランダの贈り物だよ。これで行き先は決まった。」
ジューノはランダの屋敷を振り返った。
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