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前日からサイゼルが帰らない。ファナは屋敷での仕事も放り出しサイゼルを探し回っていた。
だが、いくら探し回ってもサイゼルの行方は庸として知れなかった。
そんなファナの元にガルスの屋敷から知らせが入り、ファナは屋敷の奥へと出向いた。
屋敷の離れの部屋、二間続きの奥には大きな艶めかしい寝具を敷き詰めた寝台が見える。
椅子に腰掛け俯くファナを前にガルスは話し始めた。
「サイゼルのことだが。」
ファナの眼がガルスを見る。
「何時も森へ入っていたそうだな。」
ファナが微かに頷く。
「そこで人攫(ひとさら)いに襲われたそうだ。」
がたんと椅子をひっくり返しファナが立ち上がる。
「まあそう慌てるな。」
ガルスがそれを手で制する。
「運の良いことに、人買いのランダ・・彼女の部下がそれを見ていたらしい。」
「人買いがですか・・・」
ファナが項垂れる。
「ランダは銀(シルバー)二十でその人攫いからサイゼルを買い取った。」
「銀(シルバー)二十・・・」
ファナが絶句する。
「それを、銀(シルバー)五十で買い取れと言ってきておる。」
「五十・・・」
ファナは机の上に泣き伏した。
「そこでだ・・・どうだ・・以前の話し・・・お前が承知なら、その金・・儂が出そう。」
ガウスの眼がチラッと奥のベッドを見た。
「本当に・・本当にそれで・・・」
「嘘はつかん。
以前の約束通り、サイゼルには屋敷の図書室の使用も許そう。そしてクルスは農奴の長に取り立てる。
そのかわり・・・」
ガルスは舌なめずりするように俯くファナの顔を覗き込んだ。
「ランダは明後日の早朝には立つと言って居る。
返事は明日の夕刻までと・・・」
ファナは憔悴(しようすい)しきった心でガウスの屋敷を後にした。
その夜、ファナはサイゼルがいたとだけクルスに告げ、クルスの質問にも言葉を濁し、眠れぬ夜を過ごした。
朝、ガルスの屋敷に仕事に向かう。
遠く人買いの幌馬車の傍(かたわ)らにサイゼルらしき姿が見える。
そっと涙を拭く。
掃除に、洗濯に、屋敷の仕事を続けても、心はそこにはない。
時と共に返事の刻限が迫る。
チラッチラッと見えるサイゼルの姿に心が飛ぶ。
「何やってんだよ。」
一緒に働く女の罵声が飛ぶ。
それさえ耳に入らない。
昼を過ぎ、期限の夕刻が間近に迫る。
ファナは意を決し、ガルスの部屋を訪れた。 「離れに行こうか。」
ガルスはニマニマ笑いながらファナの手を取った。
「お願いします。」
ファナは艶(なま)めかしい離れの部屋で机の上に手をついた。
サイゼルがランダに付き添われ部屋に入ってくる。
ガルスはその前に投げ捨てるように銀(シルバー)五十の入った革袋を投げた。
離れを出て行くサイゼルとランダをよそ目に、ガルスは早速ファナの躰に手を伸ばした。
「いや・・・」
消え入るようにファナが声をあげる。
「今更何を言う・・・約束だ。」
ガルスの顔が涎を垂らさんばかりに変わった。
翌朝、ファナは離れの窓辺に立ち、去りゆく幌馬車を見詰めていた。
ガルスはベッドの中で眩しそうに眼を開けシーツに残った赤い染みに目をやった。
「お前・・生娘だったのか。」
幌馬車の奥にサイゼルが座っている。
「逃げませんかねえ。」
他の子達と違い檻に入れていないサイゼルにランダの部下が顎をしゃくる。
「心配ないよ・・心縛(マインド・コントロール)を掛けている。それにガルスの屋敷に残してきた木偶(でく)も上手くやっているだろうよ。
それより、凄腕の剣闘士と高位の魔術師を雇わないといけないねぇ。」
ランダは揺れる幌馬車の机に肘をついた。 「どういうことです。」
ランダの部下が尋ねた。
「鍛えれば鍛えるほど、血は濃くなり、肉は旨くなるんだよ。」
ランダはその部下が理解できない言葉を呟(つぶや)いた。
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