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「一人逃げただと。何をやっていた。」
ガイは兵士長を槍の柄で殴りつけ、屋敷の中に報告に入っていった。
「ガイ、お前が信用できる部下はドボーグに何人残っている。」
「三十人。」
「俺の部下で手足のように動くのが五十人。」
「バルハードお前の所は。」
「私はここの始末を付け、今後の為にプリンツに参ります。」
「プリンツだと。」
「そうですこれだけの事を起こすには大国の後ろ盾が必要です。幸い今日戦ったプリンツの軍はまだ、戦場に残っていると聞きます。これを動かす。
貴方はプリンツの庇護の下、王国を興すのです」
エイゼルが黙って頷く。
「ザクロスが兵を連れてすぐに動いたとしても、ここに来るのは明後日。それまでに充分準備をして置かなければなりません。」
ミズールから逃げた男がザクロスの屋敷の門を叩いたのは翌日の早朝だった。敵の襲来かとザクロスはガバッと跳ね起き、門を開けた。そこには傷だらけで今にも死にそうな息づかいの男がへたり込んでいた。
「何があった。」
「テッドが・・戦死しました。」
切れ切れの息の合間から男が答える。
「そうか・・・」
ザクロスは瞑目するかのように目を閉じ、
「テッドが・・・勇敢だったか。」
「矢に射られました。その矢羽根には紅い色が一条。」
「名のある敵将か。」
「バルハードの矢です。」
「なに。」
「バルハードが自分の腕を戦場で誇示するための矢。その矢羽根を何人かが見ています。」
「エイゼルはそれを見たのか。」
「遺骸から折り取ったそうです。」
「それから・・・」
「すぐに退き上げに掛かり、ミズールに着いたときには既にガイがクローネの屋敷に居ました。」
「クローネは・・」
「解りません。私達は声も聞いていません。」
「今、ミズールはどうなっている。」
「戦いに出た兵士達は屋敷の庭に軟禁されています。」
男の声がますます細くなる。
「こいつを休ませろ。二日かかる道を一晩で走ってきている。」
ザクロスが手早く鎧兜を着けている間にローグが来た。
何があった。と訊くローグに手短に事情を説明し、
「すぐに行く。行って事の真相を確かめる。馬を。」
と、屋敷を走り出した。
ザクロスは篝火に照らされたミズールの政治所の正門の前に立った。
「ここを開けろ。俺だ、ザクロスが来た。」
「一人か。」
早すぎるザクロスの動きに楼門の上に立つガイの表情に狼狽の色が出る。
「一人だ。何があっている。ここを通せ。」
「通すわけにはいかん。」
ザクロスの後ろに人数が居ないのを確認したガイは強気に出た。
「なぜ通せん。」
「なぜでもよかろう。もうここは・・・」
ガイの言葉が終わらぬうちに、彼の胸の中心にザクロスが投じた槍が突き刺さった。
楼門の内にもんどり打ってガイが堕ちる。
「開けろ。ザクロスだ。」
門の内は大騒ぎになった。門を護ろうとする者、素手ではあるがそれに対抗して門扉を開けようとするもの。何人かが犠牲になる間に門扉が開けられた。
駆け込む黒い影に槍が伸びる。しかし、その槍はあっさりとザクロスに捻り取られた。
ザクロスが屋敷に向け走る。前に立つものを次々と突き倒しながら。
クローネの居室に入る。しかしそこには誰も居なかった。
評議室のドアを蹴開ける。そこに見たものは・・
素裸を晒し、腹を裂かれたクローネの無残な姿。
獣の咆哮を上げその姿にすがりつく。その眼の端、床の上に叩きつけられた嬰児(みどりご)の死体。
胸にかき抱き号泣を上げる。
「来たかザクロス。」
その背中にエイゼルの声。
振り向きざまに鉄球の一撃を受ける。左肩が砕けたか激痛が走り、盾を取り落とす。
「クローネの腹を裂き赤子を床に叩きつけたのはバルハード。
その時クローネはまだ息があった。クローネは自分の腹から取り出された子が死ぬのを見て、あの世に逝った。」
ザクロスの目の色が壮絶な色を見せる。
「エイゼル。」
地の底から響くような声。一瞬エイゼルがたじろぐ。
その隙を狙ってザクロスの槍が伸びる。
「バルハードはどこに居る。」
虫の息のエイゼルにザクロスが問う
「もう・・遅い・・・奴はプリンツに・・奔った。」
エイゼルはニヤリと笑いながら息を引き取った。
「ザクロス。」
評議室にもう一つの影。その影にもザクロスの槍が伸びる。
「俺だ。」
言いながらすぐに後を追ってきたローグが槍の穂先を躱した。
「俺の槍は・・・」
ローグは庭で拾った槍をザクロスに投げ渡した。
その柄を掴み、ザクロスが立ち上がる。
「後を頼む。」
駆け出そうとするザクロスをローグが渾身の力で抱き留める。
「話は聞いた。だがその体で・・死にに行く気か。」
だが鬼神のような力でザクロスはそれを振り払い、
「後を頼む。」
と、もう一度怒鳴り、部屋を飛び出した。
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