当直宿舎

1/1
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ

当直宿舎

 夜の11時を過ぎていた。ここは自治体が運営する或る動物園の宿舎である。 と言っても当直職員が夜を明かすためだけの宿舎ではない、勿論、職員には温かい飲み物ややベッドが用意されている。 だが、動物たちのそれはと言うと、そうでも無い。羊・山羊・シカなど群れを作る動物たちの多くは、雨露をしのぐ屋根とフェンスで守られているだけである。 「課長、今夜はこの辺にしてもう休みましょうか?」 「そうですね・・園長こそ明日は大切なプレゼンが控えているんですから、今夜は十分な睡眠を取って下さいよ、なにせこの動物園の存続が掛かってるんですからね・・」  そう、ここは県が第三セクターとして運営する野外動物園なのである。 この動物園の特徴は、シカや羊たちを始め数多くの動物が放し飼い、と言うか・・つまり放牧状態にあるため、訪れた人たちは動物と同じ自然環境の下で過ごすことが出来、時には触れ合うことさえ出るのである。 これこそ、話す言葉を持たない動物たちでも人と寄り添うことで、その存在を互いに尊重し合える絶好の場であると、園長が自負するところである。  ところがこの夏には、台風が運んできた雨雲が原因で多くの動物たちが犠牲となってしまったのだ。 その雨雲の特徴は線状降水帯と呼び、まるでバケツをひっくり返したような幾つもの雨雲が長時間に亘って移動する。しかも同じ場所にと言うから始末の悪い雨雲なのだ。 お陰で国が整備する一級河川まで氾濫を起こし、各地で甚大なる洪水被害を出してしまった。 その一部が、この園にも流れ込み多くの動物たちにも犠牲が出たと言う訳だ。  県では地球温暖化が原因とする昨今の災害には、人間社会ですらインフラの復興が優先課題であり、防災計画の将来予算など、議題にすら上がることはなかった。 ましてや、ひまわり動物園の場合、復旧予算はおろか、悪くすれば園の存続すら危ぶまれる状況に追い込まれていた。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!