とどける、とどける。

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 俺がやっている仕事はモノを運ぶと同時に、いろんな人の気持ちを運ぶ仕事でもあるのだ。頼んでくれたお客さんの信頼に満ちた顔と、運んだ先のお客さんのちょっと驚いたような顔。いろんな人の表情を間近で見つつ、大好きなバイクも存分に生かすことができる。最初は自営業でこんな仕事やって成功するのかと不安になったが、今では毎月独り暮らしで食べていくには贅沢すぎるほどの収入を得ることに成功していた。お得意様さまさまである。 「すみませーん!マナカ運送ですがー!お届けものでーす」  バイクを飛ばして二十分ばかり。  今日のお届け先は、初めて出向くお宅だった。佐山、と表札が出ている一戸建てである。ピンポンを鳴らして声をかけると、中から奥さんらしきがぱたぱたと出てきた。  年齢は四十代半ばくらいだろうか。少し草臥れてはいるが、きっと若い頃は美人だったのだろうと思わせる品の良さがある。エプロンをつけたままということは、晩御飯の料理の途中であったのかもしれない。 「マナカ運送さん?……聞いたことない会社ね」  そう言われるのは珍しくなかった。なんせ黒猫マークが特徴の大手運送業者のような知名度などあるわけがない。たまに、詐欺と間違われてドアを開けてもらえないケースがあるのが自営業者の悲しいところである。 「よく言われます。なんせ小さな会社なもんで。あ、伝票にハンコください。ご主人様宛の荷物ですよ」  一戸建てでは、そうそう置き配するわけにもいかない。ポストに入るサイズの荷物でもないし、そもそもナマモノだから直接受け取ってもらえなければ困るのである。  旦那の名前が書かれた伝票をどこか訝しげに見つつ、女性はハンコを押して荷物を受け取ってくれた。これで俺の今回のお仕事は完了だ。ありがとうございまっす!と明るく元気に挨拶をする。 「中身、ナマモノなんでお気をつけて!すぐに食べないようなら冷蔵庫に入れちゃってください、って先方からの伝言です。でも出来れば丹精込めて作ったからすぐ食べてほしいんだそうですよ!」 「そう……」  彼女は俺と伝票を交互に見ながら、どうも、とだけ口にして奥へと引っ込んでいった。バタン、とやや強くドアが締まる。やや遠ざかる足音とともに、“秋山さんって人からなんか届いてるんだけどー”という声が小さく木霊した。  さて俺も帰るか、とバイクに戻りかけて足を止める。 「いけね。忘れるとこだった」  俺はいそいそと家の裏手側に回った。これもお得意様の依頼の一つ。この仕上げを忘れてしまっては台無しである。  電気メーターの下で暫くがさごそとやった後、俺は今度こそそそくさと退散したのだった。今日もいい仕事をしたぞ!なんてことを思いながら。
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