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「ういー!早かったじゃーん!」
彼はいつものにこにこ笑顔で出迎えてくれた。
「次の仕事の依頼もあるんだけど、それだけじゃなくて。今日は見せたいもんがあるから呼んだんだ。上がってってくれよ」
「お、マジですか?それって……」
「お察しのとーり!酒の肴に丁度いいんだこれが。お前も飲めよ、ノンアルあるから」
「あざーっす!」
今日の彼は地味な白いティーシャツ姿だった。動画の撮影する日ではないということなのだろう。俺はお言葉に甘えて、独り暮らしをするにはあまりにも広い彼の家にお邪魔することにする。リビングには彼が仕事で使うとおぼしきカメラと小道具が大量に散らばっていた。ヘビのオモチャにマラカスにダーツにサッカーボール。一体これで何の撮影をするのかさっぱり想像もつかないが。
これこれ、と彼が俺にノンアルコールカクテルを注ぎながら見せてくれたのは、パソコンの画面である。おおお、と俺は歓声を上げた。
「このカメラすごいっすね。虫くらいのサイズなのにこんなに撮れるんだ……」
「な、な?すげーだろ、俺の友達が作ったやつ。しかも遠隔操作で爆破して証拠隠滅できるっつーね」
「無駄に頭良すぎでしょー!」
そこに映っていたのは、どこぞの家のリビングの様子だった。四十代くらいの女性が、同年代くらいの男性に詰め寄っている。リビングのテーブルの上には――すっかり冷めきっていそうな、アップルパイが入った箱が。
『どういうことなの!』
女性は凄まじい剣幕である。
『秋山千紗って……思い出したわ、貴方の会社の後輩じゃない!ただの後輩が、なんであんな手紙つきで手作りのアップルパイなんか送ってくるのよ!やっぱりあなた、浮気してたんじゃない!』
『ご、誤解だ由里子!俺と千紗は別にそんな関係じゃ……』
『千紗!?やっぱり、名前で呼びあう関係なんじゃないの。この間の出張も嘘だったんじゃなの!?』
『だから!なんでそうなるんだよ!!』
その様子を見て、俺と水谷はげらげらと声を上げて笑った。予想通りとはいえこれは面白い。奥さんはすっかり、水谷が作ったアップルパイを、旦那の浮気相手のものだと信じこんでいる。まあそれも仕方ないといえば仕方ないだろう。伝票の送り主は、確かに“秋山千紗”、と夫の後輩女性の名前を記しておいたし、中には偽装した秋山千紗からの手紙もばっちり同封されていたのだから。
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