とどける、とどける。

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とどける、とどける。

「はーい、毎度ありがとうございまーす!」  俺は笑顔で荷物を受け取った。お得意さんの男性は、いつも通りよろしくねー!と玄関先で笑っている。ヨウチューバーなんて見た目ほど華やかでも楽でもないはずなのに、彼は今日も撮影用のキラキラの衣装でばっちり化粧もして着飾っていた。ガレージの車も新しくなっているし、よほど成功していると見える。  やっぱり、人の心をよく知っている人間は、どんな仕事でも成功するものだ。もう彼の配達依頼を受けるのも慣れたもので、玄関先で長話をすることさえも珍しくない関係となっている。大学で心理学を勉強し、独自に興味を持って卒業後もひそかに論文を書き続けているのだと言っていた。人と円滑なコミュニケーションを取るにも心を掴む動画を作るにも、人間の心理を勉強することは不可欠だからね!なんて笑いながら。 ――人間、好きなことのためなら何だって出来るもんなんだなあ。まあ、俺も人のこと言えないか。勉強も運動も嫌いだったけど、この仕事は楽しいし。  俺は小包を抱え直し、バイクに股がる。あちこちにお得意さんを持つ俺の仕事は、簡単に言ってしまえば個人経営の配達代行業者みたいなものだった。運び屋、なんて言い方をしてしまうとなんだかヤクザっぽくなるが、実際依頼されれば何でも配達するのが俺の仕事である。まあ、今のところ配達できるのは埼玉県と東京都(離島除く)に限定してはいるが、それでも格安で何でも運んで貰えるとだけあって意外と需要があるものだった。バイクが好きで、人と話すのも大好きな俺としては天職だったわけである。  何でも運ぶとはいうが、別に怪しい荷物を届けているわけではない。  例えば飲食店でどうしても配達員が足らなくて困った時、ピンチヒッターとして配達を頼まれるのであったり。  秘密のラブレターを、こっそり意中の人に届けてほしいだなんて話であったり。  今日のように、常連さんに“知り合いに手作りパイを届けてほしい”なんてこともあったりする。この、手作りの料理を急いで届けてほしい、なんて依頼は結構少なくないもので、俺としても運ぶのはなかなか骨が折れるのだった。なんせ料理なものだから、バイクで運んでひっくり返してしまうわけにもいかない。同時に、できたての美味しいうちに急いでお届けする必要もある。
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