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◇◇◇
アイドル好きな母親に、某有名アイドル事務所に無理やり放り込まれて早6年。鳴かず飛ばずの報われない毎日にいい加減嫌気がさしていた。仕事もない、ファンもいない、そもそもアイドルになりたいとかいった記憶もない。幼児からのアイドル活動なんて、完全に親のエゴじゃないか。そこで12歳の誕生日、思い切って母親に言ってみた。
「僕、いい加減アイドルやめたいんだけど?」
その結果、びっくりするぐらいあっさりとOKを貰った。正直拍子抜けなんだけど。事務所入るときのあの勢いはどこ行った?
「ごめんね、母さん、本当は気づいてたの」
エプロンを掴んでモジモジしながら気まずそうに言う母。母さん、中年のおばちゃんがそんな仕草しても可愛くないからやめたほうがいい、と思うがまぁ、そっとしておく。面倒くさいから。
「何に?」
取りあえず聞いてみたら、
「正直、和也って陰キャだからアイドルとか向いてないわよね?」
とか言われた!
「は、はぁ!?僕、別に陰キャとかじゃないしっ!歌もダンスも苦手だから嫌なだけだし!?」
「いいの。いいのよ。全部母さんが悪いの。和也はちっとも悪くないわ。顔だけは、私に似て超絶可愛いんだけどねぇ。なんていうか、華がないのよね?」
そういうと、ふうっと小さく溜め息までついている。まさか、6年もアイドル活動をさせた本人に、アイドル向いていないどころか陰気な奴だとディスられるとは思わなかった。本気でそう思ってたのなら、僕のこの6年間を返して欲しい。ちなみに僕は父親似だし、母に似ていると言われたことは一度もないんだけど。
「安心して!和也の夢は勇太が引き継ぐからっ!今日から早速レッスンに行かせるわっ!」
切り替えの早いところは母の良いところでもある。ただ、2歳年下の弟が、死ぬほど嫌そうな顔で今母をガン見しているのに気付いてやってほしい。弟よ、頑張りたまえ。お前ちょっと母さんに似てほっぺがプクプクしてるけど、癒し系ではあるから。
何はともあれ、晴れてアイドルを辞められることになったのだ!向いていなかったとはいえ、6年間アイドルとして過ごしてきた日々を思うと感慨深い。主に先輩の後ろでぎこちなく踊ってただけだけど。うまくできないせいで居残りさせられ、レッスンで休日が全部潰れてしまうのは本当に辛かった。これからは、自分の時間を大切にしていきたい。
さぁ!心ゆくまでゲームして、漫画読んで、一日中惰眠を貪ってやるぜっ!
◇◇◇
とか思ってたのに、部屋でゴロゴロしてたらいきなり変な魔法陣が現れて見たこともない変な場所に飛ばされてしまった。これが今話題の異世界転移か!とか思ったけど、僕、異世界とか興味ないし。右手とか左目が疼いたりしないし。戸惑いしかない。
呼び出されたのは王宮っぽい場所で、多分王族とか、神官とかが集まっているのだけど……。王様とか王子様らしき人がカボチャパンツに白タイツとか履いてる時点で分かり合える気がしない。ただ、周りの様子を少し観察しただけで、信じられないほど文明の遅れた世界だということが一目で分かった。
えっ?ちょっと待って?アイドルやめてやっと自由になる時間ができたのに?まだ漫画もゲームもやり始めたばかりなのに?えっ?ここ、電気とかあるの?
しかも、
「おお!偉大なる大賢者様!我々にその偉大なるお力をお貸しください!今、この世界は破滅の危機に瀕しているのです……」
とか急に言われて、思わず「えっ?無理です」とか言ってしまった。静まり返る空気。憮然とした表情で腕を組み、大神官を斜めに睨む大人達。そのとき、黙って僕を観察していた王様が、おもむろに口を開いた。
「大神官よ」
「はっ!」
「こやつはどうみてもただの子供ではないか。偉大なる力など露ほども感じられん」
「い、いえ、魔法陣が呼び寄せたということは、間違いなくこの方が大賢者様であらせられます!」
「そうか。ならばそのほう、そちが真に大賢者と言うならば、何か魔法が使えるはず。この場で見せてみよ」
そんなこといきなり言われても困ってしまう。
「えっ?僕の世界には魔法なんてありませんけど?」
「そ、そんなはずは……」
狼狽える大神官様。
「やはりな。この召喚は失敗じゃ。この役立たずなただの子どもをさっさと連れていけ」
そういうなり城を追い出された。いきなり過ぎてびっくりした。取りあえず世界の危機がなんなのかくらい教えてくれてもいいと思う。っていうか、用がないのであれば家に帰りたい。
◇◇◇
それからの僕は、散々で。トボトボ街を歩いているといきなり柄の悪い男たちにとり囲まれた。
「ははは!コイツはいいっ!上玉じゃねえか。金持ちの貴族に高く売れそうだぜえ」
「見たこともないようなおかしな格好だが、随分小綺麗なガキだな。どっかの国の貴族じゃねえのか?」
「独りで歩いてんだ。違うだろ。取りあえずさらっていくか」
口々に勝手なことを喋っている。薄汚れた服に濁った目、ボサボサの髪からは悪臭が漂っており、品性の欠片も感じられない。この世界の治安の悪さに絶望する。ああ、僕はこんな訳の分からない世界で、この先野蛮な人間たちの奴隷となって生きていくんだろうか。アイドルの方がまだましだったな、と思うと笑ってしまう。
「なんだこのガキ、笑ってやがるぜ」
「いい度胸じゃねえか」
男たちがじりじりと近づいてくる。半分諦めかけたそのとき、体の中を駆け巡るおかしな感覚に気がついた。体が熱くて堪らない。脳が焼け付くような熱さと、体中がバラバラになりそうな痛みとともに体が浮上し、眩い光に包まれる。
――――遠くで、何か声が聞こえる。それは、まるで、祝福のような。あるいは、呪いのような。
次の瞬間、僕は自分がすっかり別のものに作り替えられたのが分かった。
「ファイヤーボール」
ぼそりと呟くと手のひらから巨大な火の玉が出現する。
「うわっ!な、なんだこいつ!?」
「い、いきなり火の玉出しやがったぞ!」
「こ、こいつ魔法使いだっ!に、にげろ!」
柄の悪い男たちは、まるで化け物を見るような目で僕を見ると、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
「ふふ、ふふふ、なんだこれ」
僕は泣いた。なんだこれ。これが噂のチートってやつ?手から炎とか出ちゃうのが?ほんと、まるで、『化け物』みたい。
◇◇◇
結論からいうと、僕は普通に魔法が使えるようになった。例えば、手のひらから炎が出る、と思い浮かべただけで、実際に炎が出たし、水を思い浮かべたら水が出た。知っている適当な呪文を唱えてもいいし、唱えなくてもいい。僕が想像するだけで、僕は魔法を生み出せる。これが大賢者の力とかいうやつなのだろう。
生きるために仕方なく、僕は仕事を始めた。子どもの出来る仕事なんてたかがしれている。お決まりの冒険者ギルドに登録して、魔物を狩る毎日。目的もなく、目標もなく。
最初におかしいと思ったのは、異世界にきて一度も髪を切っていないのに、髪の毛が伸びていないと気がついたこと。そういえば、爪も伸びていない。何年過ぎても、僕の外見は全く変わらない。僕は僕のまま。あの日、あのとき、異世界に転移してきたままの、僕。
こんなところまで化け物じみてるんだなと思い悲しくなった。不老不死なんて、恐怖以外の何物でもないじゃないか。この世界で!大切なものが何一つないこの世界で!僕は何を希望にして生きればいいんだろう。
何年も何年も無駄に時が流れて。ふと思った。僕は大賢者。ならば、僕が世界を渡ってきたように、僕自身の力でもといた世界に帰れるのでは?
それからは楽しかった!目標が生まれたから。絶対にもといた世界に帰ってやるっ!と心に決めて、異世界転移の魔法を研究した。山にこもり、修行する日々。ついでに家を建て、快適な生活環境も整えた。
ところが、どんな魔法も使える僕が異世界転移の魔法だけは発動しない。何年も何年も研究して、ようやく気がついた。エネルギーが足りないことに。
この世界には一定の魔力がプールされていて、魔力を使うことで魔法を発動させることができる。そして、世界を渡るほどの魔力は、とても、とても膨大な魔力を必要とすることに。
あれからも、城では何人もの勇者や賢者が召喚されていた。そのたびにこの世界は力を失っていくのだ。少しずつ、この世界が力を失っていくことにまだ誰も気がついていない。彼らは、この世界の崩壊を自らが招いていることに気がついていないのだ。
僕は長い長い時を過ごす間、この世界の魔力を自分自身に取り込み、留めることに成功した。膨大な魔力を持つ僕は、もはやこの世界の一部ともいえる。今なら楽に異世界を渡れるだろう。でも、あれからどの位時が流れてしまったんだろう。愛する人たちはみんな、死んでしまっただろう。永遠の時を生きる僕にはもう、帰る場所すら残されていなかった。
◇◇◇
「すみません!すみません!」
ドアを乱暴に叩く音に目が覚める。暇つぶしのため、年に数回冒険者ギルドに顔を出すものの、いまではすっかり隠居生活を送っている僕。僕が暮らす魔力のもととなる魔素の立ち込める森は『魔の森』と呼ばれており、高ランクの魔物が多く出るため、ここを訪れるものなど初めてだ。
現れたのはひとりの女の子。黒い髪、黒い瞳の、僕と同じ日本人の女の子。息がとまるかと思った。
「あの!あの、私……」
「もしかして、日本から来た人?」
恐る恐る話しかけてみる。多分日本人には間違いないけれど、いつの時代からやってきたんだろう。
「そう!そうです!私、私、日本人で!変な人たちにこの世界に連れてこられて!日本に!か、帰りたくて!あなたの噂をギルドで聞いてきたの……」
「そっか。大変だったね。まぁ、入りなよ」
「ありがとう……」
驚いたことに明日香と名乗る「伝説の聖女」として召還された彼女は、僕と全く同じ時代の転移者だった。僕よりも僅か数年後の世界からきた彼女。永遠と思えるほどの長い時を過ごしてきたのに、地球では数年しかたっていないなんて思ってもみなかった。
「和也は何年前ここにきたの?私と同い年位だよね?」
「うーん?実はもう覚えてないくらい長い間、この世界にいるよ」
「えっ?どういうこと?」
「僕達さ、この世界にいる間年を取らないみたいなんだよね。下手したら永遠に生きていられるかも。ここは、地球の一瞬が永遠みたいに長く感じられる世界なのかも」
「そんなっ!」
絶望したような顔をする彼女をみて決心する。
「僕はずっと、日本に帰りたかった。でも、あまりに時がたちすぎて、諦めてたんだ。君が来て一年ってことは、今日本に帰っても、まだ僕達の生きていた時代に戻れるかもしれない」
「日本に、帰れるの?」
「うん。本当はね、とっくに異世界転移の魔法を使えるようになってたんだ」
そう言うと、僕は異世界転移の魔法を発動させた。家全体を包み込むようなキラキラと輝く巨大な魔法陣が現れ、二人を優しく包み込む。
「一緒に、帰ろう?」
「うんっ!」
明日香はとても無邪気に笑った。その顔をみて僕も嬉しくなる。ああ、これでやっと、帰れるんだ。
◇◇◇
目のくらむような光の先、たどり着いたのはもといた世界。見慣れた街の光景に目頭が熱くなる。やっと!やっと僕は帰ってきた!
ちなみにさっきから東京上空に浮いている。なにこれ怖い。
「わ!わわっ!と、東京!?」
「うん、無事、帰ってこれたみたい。」
「よ、よかったー!」
「取りあえず、今は何年の何月なんだろう」
地上におり、コンビニで新聞を確認してみると、明日香の誕生日当日であることが分かった。
「一年間、異世界にいたのに……」
納得いかないとばかりに頬を膨らませる彼女をみて可笑しくなる。
「ちょうど良かったじゃん。家まで送るよ」
明日香から住所を聞き、明日香の部屋に転移する。
「す、すっごーい!」
「うーん?困ったことにまだ魔法が使えちゃうみたいなんだよねぇ。いつまで使えるかは謎だけど」
夜、女の子の部屋に見知らぬ子どもがいるのも怪しい。僕はそうそうに立ち去ることにした。
「じゃあね。お休み、明日香」
僕がいこうとすると、明日香は慌てて僕の袖を掴む。
「ま、待って!私はこのままでいいけど、和也はこれからどうするの?行方不明ってことになってるんじゃないの?」
「うーん、そっか。転移魔法は使えたけど、時を遡る魔法は使えるかなぁ。まぁ、やってみるよ」
「うんっ!うんっ!きっと、和也のいた時間に戻れるように祈ってる!」
「そうだね。三年前に戻れたら、僕たち同い年だしね。」
「えっ!じゃあ今12歳ってこと!?」
「見た目はね?」
「あ、でも、年下ではないのか。うーん?」
悩み出す明日香に思わず笑ってしまう。
「明日香」
「あ、うん!何?」
「君にあえてよかった。僕は独りじゃ、きっと帰ってこられなかった」
「私もだよ。和也がいなかったら、ずっとずっと、あの世界で彷徨っていたと思う。和也は私にとって、最高の魔法使いだよ!」
「ありがとう」
明日香を助けることができたなら、『魔法使い』も悪くない。クスッと笑ってひとつ魔法をかける。
「君に今夜、魔法をかけてあげる。悪い夢は全部、忘れるといいよ」
「え?どういうこと?」
◇◇◇
明日香にちょっとした魔法をかけ、僕は再び空に浮かぶ。うまくいけば、全部夢の中のできごとだったと思うだろう。
「時空魔法……僕の、失われた時間に…!」
◇◇◇
三年後、僕はなぜかアイドルグループ『マジカルプリンス』略して『マジプリ』のリーダーとして活躍していた。しかも、なぜか一部熱狂的なファンもついており、割と売れている。
キメゼリフは
「君に今夜、魔法をかけてあげる」
らしい。いや、死にたい。なんで!?何でそれ選んだの!?
「だって和也は私の最高の魔法使いだもん」
隣では明日香が笑っている。
「和也がアイドルやってたなんて知らなかったけど、超絶美少年だったからもしかしてって思ったんだぁー。写真みてすぐにわかったよ!」
ネット社会の恐ろしさと明日香の根性に震える。あれから僕は結局事務所に引き止められ、細々とアイドル活動を続けていたのを明日香に発見されてしまった。
そして、ある日明日香が投稿した「私の魔法使い」という一枚の写真がなぜかバズったらしく、すっかり、魔法使いキャラとして定着してしまったのだ。
「僕は明日香だけの、魔法使いでも良かったんだけど?」
「もちろん、和也は私だけの特別な『魔法使い』だけどね。大好きよ!私の魔法使いさん!」
明日香こそ、僕の心を惑わせる最強の魔法使いなんだけど。
異世界最強の賢者だった僕も、異世界伝説の聖女だった君には永遠に勝てそうにない。
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