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――ふいにまた、先ほどと同じように記憶が蘇る。
しかしそれは、幸せな日常を切り取ったような、温かい記憶で。
その中で私は二人の男女と、手を握っていた。
一人は葵で、もう一人は――
私はその優しい微笑みをもう一度思い浮かべ、『神様』の方を向いて思わず呟いた。
「……お父様」
私はぽろぽろと、白粉のついた頬に涙を伝わせた。
――そうだ。『神様』はお父様だったんだ。
お父様。優しかった、大好きだったお父様。
『神様』の血筋にあったお父様は信徒によって薬漬けにされ、昔の優しいお父様ではなくなってしまった。それでも、お父様はお父様だった。その証拠に、私はお父様のことを思い出せた。
その濁った瞳に慈愛が滲むことはない。
その歪んだ笑みが優しい微笑みに変わることはない。
それでも、この人は、お父様だ。
「ごめんなさい、お父様……ごめんなさい、ごめんなさい」
私は壊れたオルゴールのように目の前のお父様に何度も謝った。
この代償は、謝辞では足りないものだ。
でも、仕方がない。
――妹を救うには、これしか方法がないのだから。
お父様にはまだ息子がいない。だから、『神様』を継ぐ子どもは、まだいないのだ。
だからこの血筋を、ここで途絶えさせておけば――この宗教は壊れるだろう。
もしかしたら、他にいい方法があるのかもしれない。
この信徒達は血筋を重視せず、他の『神様』の血筋候補を探すかもしれない。
でも、今自分が精一杯頭を動かして考えることができるのは、これだけだ。
だから。
お父様――いいえ、神様。
私の大事な友人と、大好きな人と、本当のお父様を、私から奪っていった神様。
どうか、どうか。
「――どうか、私達の為に死んでください」
私は神様の胸元に、そっと刃を突き立てた。
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