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1週間。
それが、彩絵の家で過ごした時間。
伯父と彩絵は優しかった。
伯父は仕事帰りによくお菓子を買ってきては、少女の手に落としてくれる。
彩絵は1人では寂しいだろうからと、度々少女を部屋に呼んでは絵本を読み聞かせてくれた。
伯母とは、この一週間口を聞いていない。
ご飯はみんなと同じように用意してくれるし、お風呂上がりにはパジャマも用意しておいてくれる。
けれど少女が目を合わせようとすると顔を背け、話しかけようとすればどこかへ行ってしまう。
嫌われていることくらい、少女にも理解できた。
だから無理に近付こうとはしない。話題も考えない。そうしていた方が楽だし、伯母もきっと楽だ。
早々にご飯を食べ終え、お風呂に入って部屋に行く。
枕元に積まれた絵本を手に取って眺めていると、彩絵が扉をノックする。
少女はお気に入りの絵本を何冊か持って、彩絵の部屋へ行く。
そこが唯一、少女の心が少しだけ落ち着く空間だった。
「ガラスの靴はシンデレラの足にぴったりでした。
『あなたこそ、あの日舞踏会で出会った少女に違いない。ぜひ僕と結婚をしてください』」
彩絵は時々少女を見て微笑みながら、絵本の文字を辿る。
その表情が、一瞬曇ったように見えた。
苦しそうに顔をしかめ、唾を飲み込む。
しかしすぐに表情は元に戻ったため、少女は大したことではないのだろうと思った。
彩絵もすぐに絵本の続きを指でなぞり始めたから、なおさらだ。
「王子様はシンデレラに、プロポーズを……」
再び声が途切れる。
少女は不思議に思って、彩絵を見上げた。
それが深刻な状況なのだということには、直前まで気づかなかった。
「彩絵ちゃん、眠いの?」
「……っ」
少女の質問に、彩絵が答えることはなかった。
すらりと長い腕が絵本の上から零れ落ち、少女よりずっと大きな体が床に倒れ伏す。
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
数秒間彩絵を見つめて、彼女が寝たのではないことをようやく理解した。
「彩絵ちゃん……?彩絵ちゃん!ねぇどうしたの?どこか痛いの?」
彩絵は少女の声に反応しない。きつく目を閉じ、苦しそうに胸を押さえていた。
どうしていいのかも分からず、少女は彩絵の体を揺すって呼びかける。
少女の声を聞いた伯父が部屋に駆け込んできた。続いて伯母も。
2人は蒼白な顔をして、しきりに何かを叫んでいる。
彩絵の体に縋る少女を、伯母が突き飛ばした。
「邪魔よ、どいて!」
伯父がどこかへ電話をして、伯母が彩絵の名前を呼んで、大人の男達が部屋に入ってきて、彩絵を連れて出ていく。
そんな様子を、少女は部屋の隅でぼんやりと眺めていた。
急に、ひどい孤独感に襲われた。
さみしい。
パパ、ママ。どこにいるの。
恋雪はこんなにさみしいのに。悲しいのに。
パパとママはどうして迎えに来てくれないの。
おうちに帰りたい。
恋雪は、恋雪のおうちに帰りたいよ。
ここじゃない。
わたしの家はここじゃない。
ここはわたしの家じゃない。
ここじゃない。わたしじゃない。
ここはわたしじゃない。
わたしは、ここじゃない。
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