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恋雪は泣いていた。
公園の真ん中にある大きなトンネルの中。
ここは暗くて冷たい。見知らぬ世界へ来てしまったみたいだった。
彩絵の家には、両親がよく連れて行ってくれた。車窓から見ていた景色を辿って来たつもりだったのに、気付けば見たこともない場所に立っていた。
公園の前には店が立ち並び、まだ人がたくさんいる。
見覚えのない場所に不安を感じながら歩いていると、お惣菜屋さんのおばさんに声をかけられた。
「お嬢ちゃん、1人?パパやママは一緒じゃないの?」
おばさんはきっと心配してくれたんだろう。
けれど恋雪は悪いことをしているような気がして、それを咎められた気がして、胸がドキドキした。
何も答えず、来た道を走って戻った。
公園を見つけて入った途端、空気はがらりと変わった。
まるで結界でも張られているみたい。
人は誰もいなくなり、道の反対側にいる人達もこちらには見向きもしない。
別の世界に来てしまったような気になって、また不安が恋雪を襲った。
心細さから逃げるようにトンネルの中へ潜り込む。
途端に、乾ききっていた頬を涙が伝った。
1度零れ出した涙は簡単には止まらず、1度感じた寂しさも簡単には消えてくれない。
寂しい。悲しい。
わたしはひとりぼっち。
パパもママもいない。ひとりぼっち。寂しい。
「泣いているの?」
不意に、男の人の声が聞こえた。
真っ暗なトンネル。月の光が照らす出口。
誰かが立って、こちらを見ていた。
黒い靴。黒いズボン。黒いパーカーのフードを被って顔を隠した男の人は、黒い手袋をしていた。フードから僅かに覗く黒い髪と、対照的に光るような白い肌。
なぜだか一瞬、人間じゃないような気がした。
いつか絵本で見た王子様に少し似ていて、別の絵本で見た天使にも似ているような気がして。
あまりに人間らしくない空気を纏った男の人は、ゆっくりと恋雪に近付く。
足下で砂が擦れる音が、とても心地のいい音に聞こえた。
「かわいそうに。こんなに震えて。寒いのかい?」
目の前まで来ると、ようやく顔が見える。
吸い込まれそうな漆黒の瞳が、静かに恋雪を見据えていた。
「さむい……」
男の人は恋雪の前に腰を落とし、頭をそっと撫でてくれた。
それから顔を上げて、公園の外に視線を向ける。
ここで待っていて、と言い残すと男の人はすくと立ち上がって恋雪から離れていった。
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