第一章 迷う影

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第一章 迷う影

第一章 迷う影   少女は一人立っている。   空から白い花が降り注いで、あたりを真っ白に染め上げていく。   穢れのない月明かりが世界を包んでいた。   どこからか聞こえてくる鳥のさえずりは美しいはずなのに、どこか物悲しい色も含んでいて――。   この世界はいつだって、美しさと寂しさに満ちている。 ***** 「そんなこと、今思い出したって仕方ないのに」  はっと少女は短い息をついて、肌寒くなってきたのに額に浮かぶ汗を拭った。  山の中、木々の隙間から月の明かりがもれて、地面のところどころを照らしていた。手にもつ提灯の灯りに負けてしまいそうなくらい(やわ)い月の光。その光がいつもみる夢の光景を思い出させたのだ。  月は美しくて好きだが、今の少女にはのんびりと月見を楽しむ余裕なんてなかった。  周囲を見渡したが、どこまでも続く木々の景色には見覚えがない。 「いつもと同じ道だったはずなのに。どこで間違えたんだろう」  早く帰らなければと思う気持ちとは裏腹に、自分の立っている場所がどんどん分からなくなっていく。このままじっとして朝まで待つ方がいいのかもしれないが、立ち止まることは恐ろしかった。  夏の緑が褪せた木々の合間、闇のそこかしこに異様なものたちが溶けて潜んでいるような、そんな気がした。それに、早く帰らなければ、祖母に心配をかけてしまう。 「あ、灯り――」  少女は足を止めて目をこらす。遠く木々の分け目から、赤い灯りが連なっているのが見えた。  ――こんなところに、村なんてあったかな。  首を傾げたものの、人の気配を感じることができて安心した。少女は灯りに吸い寄せられるように駆け出した。  そうして木々をくぐり抜けたとき。墨を塗ったような暗闇の世界に、赤い色が落とされた。鳥居の連なりが目の前に現れたのだ。  山の上へと続く石階段があり、燃えるような赤い鳥居が階段を覆っている。そのひとつひとつには釣灯籠がかけられていて、炎が夜風に揺らめいた。  少女は――、その光景に魅入られた。  鳥居の、そして提灯の列は驚くほど長かった。少女の住む里にある山寺の階段も長いが、それとは比べ物にならない。空高く続く階段に鳥居と提灯の列。美しさを超えて恐ろしさすら覚える光景だった。  ――あ、だれかいる。  目の前の光景に飲み込まれて上にばかり注いでいた視線を落とすと、だれかが階段を下りてくるのがみえた。相手がもつ提灯の灯りが揺れて、下駄の音が規則的に響く。
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