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第3話 白い瞳
太陽が空の真上に来る頃、トウカは縁側の柱にもたれていた。すっかりここがトウカの定位置だ。一日中トウカはここでじっとしている。まだ一歩も家から出たことはない。
「退屈じゃないのか」
「だって、外にはあやかしが大勢いるから――」
お茶の入った湯飲みを二つ盆にのせてきたウツギがトウカの横に座る。無言で差し出された湯飲みを、お辞儀して受け取った。
「おばあちゃんのところに早く帰りたい。それはずっと思っているの。でも、あやかしがたくさんいるこの街を歩くことはどうしても――怖くて」
「あやかしは嫌いか? その割には、この世界のことを受け入れるのも早かったし、慣れているみたいだったけど」
「それは」
トウカが口をつぐむと、困ったようにウツギは頭をかいた。
「まあ、人間にとってあやかしは恐れの対象だろうからな。仕方ないか」
わずかに寂しそうな様子のウツギにトウカはなにも言えなかった。ウツギは出かけてくると言って背を向けてしまった。
留守番として残された黒犬のポチを指で小突いて戯れながら、トウカは縁側に座り続けた。夕暮れまでなにもせずに過ごしていたが、意を決したように立ち上がる。不思議そうにトウカを見上げるポチを連れて草履を足にひっかけ、表の通りへと歩み寄った。
そっと通りに顔をのぞかせる。
「帰るには、外に出ないと駄目だよね――。怖がってちゃ、駄目だ」
まずは様子をうかがってみようと、トウカは前を見た。そのとき、目の前に突然黒いものが現れた。トウカは叫び声をあげて尻餅をつく。
「おや、失礼。驚かせてしまったようで――。ウツギ殿はいらっしゃるか?」
目の前に、黒い毛に覆われた狼のようなあやかしが着物をきて二本足で立っていた。目深にかぶった笠から鋭い目がのぞく。トウカは声が出せなかった。ウツギは人の姿をとっているからまだよかったが、目の前のあやかしはまさに人ではない異形の姿だ。
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