230人が本棚に入れています
本棚に追加
「どうかされたか? ウツギ殿は留守だろうか?」
「――あ」
動けないでいたトウカの頬をポチが舐めた。はっとして、あやかしの言葉に小さく頷く。声はやはり出なかった。
「なるほど。近くに来たから挨拶を、と思ったが残念だ」
あやかしはそう言いながら、「おや」とトウカに顔を近づけた。とっさに後ろに手をついて身を引いたが、あやかしはトウカの目を興味深そうにのぞきこむ。
「不思議な瞳をしておいでで」
トウカはとっさにうつむいた。それまではなんとか耐えていたのに、心を不安の雲が覆う。体が小刻みに震えだすのを止めることができなかった。必死に地面についた手で体を支えようとするが、その手すら震えるのだからどうしようもない。逃げ出したいのに、立ち上がることもできない。
――どうしよう。
ぎゅっと強く目をつぶった。
そんなとき、「トウカ」と静かな声がした。
「ああ、ウツギ殿。お帰りか」
あやかしの声がしてトウカが顔をあげると、ウツギがいた。眉を寄せて歩み寄ってきたウツギは、青鈍色の羽織を脱ぐとトウカの肩にかける。
「大丈夫か?」
トウカがわずかに頷くと、
「マガミ、せっかく来てもらったところ悪いが、こいつの具合が悪いらしい。すまないが、今日は相手ができそうにない」
とあやかしに向かって言った。
「そうか、それもそうだな。女子よ、なにか気に障ることを言ってしまったなら申し訳ない。では、今日のところは失礼しよう」
あやかしは慇懃な態度で会釈をして去っていった。
最初のコメントを投稿しよう!