第8話 湖の中

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 自分の首と、タンゲツの首に枷をかけた。枷には、アサヒが小さな南京錠をつけた。それを閉じれば、まじないがかかる。 「このまじないは相当な力をもっていかれると思う。成功するかどうかは、トウカ次第だよ。俺が手助けできるのはここまでだけど、でもきっと、トウカなら大丈夫」  アサヒはそう言って笑っていた。  不思議だ。アサヒがそう言ってくれると、自信がわいてくる。成功すると、そう思える。 「始めるね、みんな」  呟くと、自分とタンゲツの首に手をかざす。そうして、錠に力を注ぐ。湖の暗闇の中で、錠はぼんやりと光を帯びた。その光は徐々に強くなる。  一度に二つのまじないをかけるためには、どちらも手を抜かないように、力が偏りすぎないようにと普段以上に気を配る。  手が震えた。まじないの力に押し返される。それでも、トウカは手をかざすのをやめなかった。  ――大丈夫、私ならできる。みんなが私に託してくれた。おばあちゃんだって、私は天才だって言ってくれた。絶対できる。  ぐっと指先に力をこめれば、光はさらに強くなった。まじないの力が伝って、水が揺れる。穏やかだった世界が波立つ。水の流れが髪を巻き上げ、肌を打った。世界が荒れる音がする。竜巻のように水が渦を巻きだした。  それでも震える手は錠にかざし続けた。  その刹那、押し返してくる力の中でわずかな抜け道を見つけた。  ここだ、と直感的に思う。力を一気に注いだ。  甲高い耳鳴りがした。  それと同時に、暗闇だった世界が白に包まれる。  カチッと金属がはまる、たしかな音がした。  一際強い波がトウカの体を吹き飛ばした。咄嗟にタンゲツを抱きしめたが、二人の体は激しい渦の中に飲み込まれる。洪水のような音が耳のすぐ近くでする。  二つの錠は眩い光を放ちながら、トウカの力を依然として吸い取っていた。トウカは瞳を閉じてタンゲツを抱きしめながら、水の流れにもまれ続ける。  風に遊ばれる木の葉のように、トウカの体は水にさらわれた。タンゲツを抱きしめる腕から、次第に力が抜けていく。まじないに力を注ぎすぎて、視界もぼんやりとし始めた。それでもどうにか耐えていたが。 「あ――!」  波に巻き上げられた拍子に、トウカはタンゲツの体を離してしまった。  荒れる渦の中では一瞬で二人は引き離された。 「待って!」  まだ十分な力は注げていない。このまま離れてしまえば、まじないが壊れる。  トウカはタンゲツに手を伸ばしたが、届かない。あとすこしと思ったところで波にさらわれる。彼女の手が掴めない。 「お願い、待って」  ぐらりと意識が揺れた。灯りを落としたように目の前が暗くなる。もうトウカの体力も限界だった。  ――失敗、するんだろうか。みんながここまで手伝ってくれたのに。  だって、タンゲツに手が届かないのだ。  トウカの目に涙が浮かんだ。そのとき。  なにかが頬を撫でた。  ふわりふわりと舞うものがある。 「ヒバリ、ウツギ」  ウツギに手渡されたお守りが衿から飛び出して、光っているのが見えた。その口が開いて、中から羽と花びらが舞い上がっていた。羽の一枚がトウカの頬を撫でた。  とん、と背中を押された気がした。手を伸ばせと言われた気がした。 「タンゲツ!」  もう一度、手を伸ばした。羽と花びらに導かれる。  手が、届いた。  タンゲツの手を強く握って、その瞬間に最後の力をすべて注いだ。  そうして、湖に光が満ちた。
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