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第9話 帰ろう
三人が湖から上がると、すぐさまアサヒが駆け寄ってきた。ふらふらと倒れそうになるトウカを支えて、顔をのぞきこむ。アサヒの肩に乗っていたポチはトウカに飛び移った。
「トウカ、大丈夫?」
「うん」
「まじない、うまくいったんだな。お疲れ様。疲れただろう」
「ものすごく。でも、ちゃんとできた。アサヒのおかげだよ」
「俺なんて全然――、だけどトウカのこと手助けできたなら嬉しい。本当に、よかった」
アサヒは頬を染めてはにかんだ。そうしていると、アサヒを押しのけるようにヨシノとカグノが現れる。二人一緒に勢いよくトウカに抱きついたため、衝撃で地面に倒れ込んだ。こら、とアサヒが声を上げる。
「あのお姉さん、美人さんなの」
「トウカと同じ瞳だね!」
二人にはアサヒの声なんて聞こえていないらしい。ウツギに支えられるタンゲツを見て、楽しそうに笑っていた。うん、とトウカは頷いて微笑んだ。
「二人も、ありがとう。二人がいなかったら、私はここにいなかった」
「どういたしまして!」
二人の声が重なった。
「いやあ、うまくいってよかったね。思ったよりタンゲツちゃんも動けるみたいだし。ただのお人形さんみたいになるんじゃないかと思っていたけど、きちんと自分で動けるのなら、なによりだ」
シラバミはそう言うと、自身が着ていた菫色の羽織をトウカの肩にかけた。
「おめでとう、トウカちゃん。これで晴れて、君は人でもあやかしでもない中途半端な存在だ」
「シラバミさんは――、なんでそう空気の読めないことばかり言うんですか」
「空気は読むものじゃなくて吸うものだからね」
ははっとシラバミは笑う。我慢我慢――、と思ったがやはり耐えられずにトウカはため息をついた。やっぱりこのあやかしは苦手だ。
「――いいんですよ、べつに。自分で決めたことですから。枷がなければ生きられないような存在になったとしても、これが私の望んだことです。後悔なんてありません」
そう、とシラバミは笑った。
「トウカ」
ウツギがトウカを呼ぶ。
トウカは声の方に顔を向けた。
そうして、あ、と思う。
「トウカ、ありがとう」
ウツギは笑っていた。泣きそうに、嬉しそうに。
――ウツギの笑った顔、久しぶりに見た気がする。
トウカの胸に温かいものが広がった。また涙が浮かぶのを手で拭う。
息を吸って、顔を上げた。
「帰ろう、みんなで」
そう言って、微笑んだ。
(第9話「帰ろう」 了)
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