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第4話 菫色の髪をした男
ウツギは弾かれたように立ち上がって周囲を見渡す。突然の声に驚いたからか、いつもはない犬の耳が現れてしまっている。気を抜くと耳や尻尾が出てしまうのだと以前聞かされた。ポチもそわそわと落ち着きがない。
トウカは――、動くことができなかった。だれの声かも分からぬものが、トウカの思考を一瞬で縛り付けた。もうウツギにかけられた言葉なんて頭からは消え去って、その代わりに記憶の中にあった村人の言葉が次々と思いだされる。
――あやかしみたいな目しやがって。気持ち悪い。
これはだれの言葉だったか。たくさんの似たような言葉をかけられてきたから、もうよく分からない。
どくどくと心臓が脈を打つ音がする。祖母からもらったお守りにすがるように、着物の上から掴んだ。落ち着かなければと思うのに、目の前の景色が白んでいく。
――ああ、駄目だ、これは。
「トウカ?」
「あ――」
ウツギがそっとトウカの頬に触れた。過去に囚われかけたトウカの意識がわずかにウツギに向いたときだった。
「やあやあ、こんばんは」
「うわっ――!」
また楽しそうな声がして、トウカとウツギの足元にある縁の下からにゅっと人の顔がのぞいた。ウツギは悲鳴を上げて飛び退いたが、肩を震わせて縁の下から出てきた男を睨む。
「バミさん――、あんたどこから出てきてるんだよ」
「どこって、縁の下だよ。いやあ、ボクは暗くて狭い場所が好きなんだよねえ」
男はそう言うと縁の下から這い出て立ち上がり、着物についた土を払う。「ああ、汚れてしまったなあ」と呟きながらトウカに目を向けた。
「はじめまして、トウカちゃん。ボクはシラバミ。みんなからはバミさんって呼ばれているけど、シラさんでも、ラバさんでも、好きに呼んでくれて構わないよ」
ただでさえ細い目を糸のように細めて男、シラバミは笑った。
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