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「俺はウツギ」
男、ウツギは笑みを消すと涼やかな目で少女を見た。
「あやかしの世に人が迷い込むなんて珍しい。あんまりにも珍しいから、ぶしつけに見てしまった。悪いな」
「はあ――、あの、あやかしの世って」
「ここは俺たちあやかしが住まう世界。お前はどこかで人の世から道をはずれて、迷い込んだんだろう」
あやかし、と少女はもう一度呟いた。からかわれているのだろうか、と自然と眉が寄る。
「信じられないか?」
ウツギは階段にしゃがみ込んだ。少女よりも上段にいるウツギがしゃがむと、その顔は少女の胸より下にくる。彼がうつむくと、ぼんっと白い煙が体を包んだ。目を見開く少女の前で、その煙が晴れたころ。
「犬の、耳――?」
少女は目を丸めてウツギの頭を凝視した。ウツギの髪の上に犬のような耳がついている。髪と同じ白い耳だ。
「触ってもいいぞ」
そう言って動かないウツギに、少女は迷いながら手を伸ばした。耳は手触りがよくて、ほんのりと温かい。血が通っている。つまんで引っ張ってみたが、しっかりと頭についているようで取れることはなかった。
「痛い」
「あ、ごめんなさい」
慌てて手を引っ込めて、ぼんやりとした思考で男を見つめた。
「あなた、本当にあやかしなの?」
「冷静だな。もっと驚くかと思ったけど」
「あ――、ちょっと、待って!」
ウツギが自身の手で頭を撫でつけると、もう耳は消えていた。そのまま立ち上がると下駄の音を響かせながら階段を上っていく。少女は慌ててそのあとを追いかけた。
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