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「あやかしに慣れているのか。普通の人間だったらもっと慌てふためくだろうに――」
そのとき、ふと月明かりが途切れた。黒くて細長い影が二人の上を這う。少女は頭上をみて、口を開けた。空には大きな蛇のようなものが悠々と泳いでいる。その蛇が月の光を遮っていたのだ。大きい蛇の周りを、一回り小さい蛇が戯れるように泳いでいる。
「ああいうのも人の世には少ないだろう。ここにはあやかしが大勢いる。ほら、そこにも」
「え――、うわっ!」
石階段の後ろにある草が揺れて、中から黒くて細長いものが突如飛び出した。少女の体は驚きで大きく跳ねた。周りをみれば、他にもたくさんの気配がうごめいた気がした。
人の世とは違う世界――、少女は胸の前で手を組み合わせて情けのない声を上げる。
「本当に、あやかしの世なの?」
「さっきからそう言っているだろう」
階段を上るウツギは振り向きもせずに話を続ける。
「あやかしの世と人の世は本来別々に存在していて交わることはない。だが、たまに道が繋がるときがある。お前はその道を通って、こちら側に来てしまったんだろう。珍しいことだ」
「そんな――、帰らなきゃ」
少女の震える声にウツギの足が止まる。
「おばあちゃんが待っているんです。夜の山なんて危ないから行かなくてもいいって言ってくれたのに、私、それを振り切って出てきてしまったから。早く帰らないと」
少女は着物の胸元を抱いた。着物の下には祖母からもらったお守りがある。小さな巾着袋に紐をかけたもので、少女はいつも首からかけて身に着けていた。
ふむと頷いて、ウツギはまた階段を上る。少女は足を止めてその後ろ姿を見つめていたが、すぐそばの草むらでなにかが動く音を聞くと、慌てて男のあとを追いかけた。
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