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第1話 不可思議な朝
目覚めると見慣れぬ天井にトウカの思考が止まった。ウツギの家に寝泊まりするようになって数日経つが、いまだにこの部屋の景色に慣れない。
あやかしの世に来てしまったこと。そこで白い髪のウツギというあやかしに出会ったこと。長い階段を上ってたどり着いた街の外れ、ウツギの住む家に寝泊まりしていること。
「全部夢だったらいいのにな」
起き上がって襖を開けながら呟いたとき、トウカの腹めがけてぼふっとなにかが体当たりをしてきた。呻き声をあげたトウカの目に、黒くてもふもふした物体が映った。
「ポチ」
わんっと甲高い鳴き声がする。
片手に乗ってしまうほどの小さな黒犬。最初の晩トウカがこの家に来たときも、今と同じように体当たりをして尻尾を振ってきた。
ポチはふよふよ浮いてトウカの周りを駆け回る。
「ポチ、勝手に行くな。ほんと番犬にならない犬だな。――ああ、起きていたか、おはよう」
ポチを追いかけてきたらしい男、ウツギが顔をのぞかせた。まだ朝早いというのに着物をきちんと着込み、白い髪には寝ぐせ一つない。
トウカは小さく会釈をして、尻尾を振り続けるポチをつまむとウツギに引き渡す。ウツギが整った眉を寄せて「こら」と叱るとポチは耳を垂れた。
「お前、今日も眠れなかったか。鏡みてみろ、ひどい顔だ。あと寝ぐせついてる」
そう言われてトウカは鏡台にかかっていた布を取る。そして自分の顔をみようとして、固まった。
そんなトウカの様子をみて、
「どうした?」
ポチを肩にのせたウツギが鏡をのぞきこむ。その姿は鏡に映っている。しかし、トウカの姿は鏡になかった。鏡の前に座っているはずなのに、そこに姿はなく、部屋の景色だけが映っている。まるでそこにトウカなんて人間が存在していないように。
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