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「なんで」
「そうだな――、トウカはあやかしの世では異端な存在だからじゃないか。人の世ではあやかしの存在は希薄で、人の目にとらえられないこともあるくらいだろう。その逆で、このあやかしの世でお前の存在は鏡に映らないくらいに異端なものなんじゃないか?」
ウツギは飄々とそう言ったあと、「朝餉の用意ができてる。支度して来い」と言って、ポチを肩に乗せたまま部屋を出ていった。
その後ろ姿を見送って、トウカは息をつく。あやかしの世は分からないことばかりだ。昨日まで鏡にも普通に映っていたはずなのに、急に映らなくなるなんて。
「あれ――、映ってる」
再び鏡をみて、トウカは声をあげた。さきほどまでなかった自分の姿が鏡の中にある。ウツギの言った「そのうち」は案外すぐにきたようだ。
鏡にはやつれた自分の姿。肩までの平凡な黒い髪。そして、非凡な白い瞳。トウカはそっと目元に手をあてた。
――おばあちゃん、心配しているかな。
気だるい体を動かして寝巻から着替える。小さな巾着に紐を通してつくられた祖母特製のお守りに触れて、着物の下におさめた。部屋を出て縁側を歩く。
庭の木は紅く色づきはじめていた。まだまだ日中は夏の名残の暑さがあるものの、朝は冷えた空気に包まれている。肌寒いくらいだ。
ウツギは一人暮らしだそうだが――正確にいえばポチとの二人暮らし――、その割には広い平屋に住んでいた。街の外れにあるこの家は池つきの庭まであるのだから豪勢なものだ。
「失礼します」
茶の間の襖を開ければ、ウツギがすでに座っていた。ポチも座卓の上でポチ専用の小皿を前にちょこんと座っている。トウカがウツギの前に腰を下ろしたところで、いただきます、と食事がはじまる。
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