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夢の中で、僕は薄くて広い背中を追いかけていた。
待ってくれ、走るのは得意じゃないんだ。必死に足を動かしても、二人の間はずっと縮まらない。
暗闇のトンネルを早足で進むアオイをひたすら追いかけた。
声をかけても振り向かない背中はどんどん小さくなっていく。認識されることすら拒む頑なな意志が見えて、悲しくて淋しくて泣きながら追いかける。何度も何度も名前を呼んだのに、一度も応えてはくれない。
ごめんね。好きだよ。好きだって言えば良かった。
アオイ、ごめん。待って、止まって、アオイ、待ってよ。
何度も繰り返して、何処までも続く、この責め苦に耐えられない。助けて、アオイ、お願いだから僕を見て、
"アオイ"
…幻を掴みそこねた指が、虚空をさまよう。
自分の声で、目が覚めた。
すぐ横には、もう片方の手を握りながら突っ伏して眠る木島の背中。…聞かれなくて良かった。
ほっとした拍子に咳き込むと、また花、花、花。慎重に木島に触れないように指先で摘まんで取り除くと、肩を軽く揺すってやる。
「おい、けいし。起きて、けいし」
こんな体勢で眠っていたら身体を壊してしまう。
んん、と眠たげに目を擦りながら起きる顔は、僕に焦点があった途端、すぐに甘く蕩けていく。好きが溢れ過ぎている。名前を呼ばれる度に嬉しそうに微笑む姿を見ていると、ほんの少しだけ報われる気がする。
外はまだ暗くて、少し肌寒い。
季節はどんどん秋めいてきて、次の季節の移り変わりを知る前に、僕の葉は落ちることだろう。
微睡みながら夢の中でさよなら出来たらいいのにな。
柔らかな木島の黒髪を撫でながら、そんなことを思っていた。
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