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目が覚めた時、声が、出なかった。
胃から喉までの間が花で塞がっているような感覚。もう、身体から出ていくエネルギーも、入ってくるエネルギーも、何も、ない。
腕すら上がらずに、ゆっくりと、ゆっくりと、寝返りをうつ。目の前にある手首の細さに、笑いすら漏れてくる。骨と皮。視界もボヤけている。薄暗いのは現実なのか、幻覚なのか。
耳鳴りが止まない。ずっと誰かに呼ばれている気がする。押し出されるように口から溢れ出す花びらが連なって、ぽとり、ぽとりと床に落ちていく。
そろそろ、僕も花となって散る頃だ。
散る散る満ちる。この世界が花で満ちて終わる。
音もなくドアが開いて、誰かが近づいてくる。大きな手で頭を撫でられて、気持ちよくてうとうとする。頬に指先が触れて、ほんのちょっぴり冷たさに背筋が震えた。ほぅとこぼれた筈の溜め息は噎せ返る花の薫りに変わる。
口許に何かが差し込まれて冷たい液体が流し込まれる。僕そのものが花になる。養分を得てベッドに根を張る人の形をした花。咲いてしまえば萎んで枯れて、あとは朽ちるのを待つばかり。
ふらふらと揺れているのは僕か、世界か。
どうしてこうなったんだっけ。
なんで、死ぬんだっけ。
自分がここにいる理由も、この場所も、自分自身も、境界が曖昧になって、思考が拡散して甘い花の薫りに融けていく。
世界はあたたかくて、ふわふわと宙を舞う羽根のように軽やかに僕から遠退いていく。沈むのは意識の沼。深淵に手をついて覗きこめば手を伸ばし堕ちていく自分が見える。
高尚な魂じゃなくても、よかった。
卑称な自我を捏ねくり回して形づくる身体さえ、愛おしい。
この世の全てが愛おしい。
だから、もう
さようならだ。
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