露を吐く

4/9
前へ
/247ページ
次へ
何食わぬ顔をして会議室のドアを開ける。既にメンバーは集まっていて、たわいもない話で笑いあっている。いつもと同じ、何も変わらない光景。 正面に座る、彼の姿が目に飛び込んできた。 いつもそうだ。何処にいても誰といても何時でも、僕の目は彼を追ってしまう。彼の姿を一秒でも長く記憶に焼きつけようと、浅ましく願ってしまう。 ふと目があって、彼は薄く微笑んだ。口角をほんの少し上げただけの、ゆるやかなカーブから目が離せない。 ぐっと奥歯を噛んで視線を引き剥がすと、彼にとっては死角になる席に腰を下ろす。なるべく彼の視界には入りたくない。万が一、彼を見て花を吐いてしまったらと想像するだけで恐怖が襲う。 そのうち会議が始まって、部屋が暗くなり、スライドが写し出された。プレゼンが始まって、それに集中している彼の横顔をちらちらと盗み見る。 同じ空間で息をしている、それだけで身体が歓喜してしまう位には狂おしく彼を求めている自分を、誰にも悟られないように腹の奥で殴りつける。 彼の左の小指に光る華奢な銀の指環が、彼が髪をかきあげる度、彼が頬杖をつく度、ちらちらと目につく。どす黒い渦が小さな台風みたいに身体の奥で発生しているのに、僕は必死で気を逸らす。一旦認識してしまえばもう、捕らわれてしまうから。
/247ページ

最初のコメントを投稿しよう!

103人が本棚に入れています
本棚に追加