必要不可欠な仕事

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『~~~~~~~~~♪』 『この高齢の男性は再三の警告にも拘わらず、道路横断を改めぬのだな?』 執務室の革張り椅子に腰掛けながら、ラジオから流れる宮廷楽団の奏でる優雅(エレガント)な曲を聴きつつ、直立不動の姿勢で報告を行っている部下に対して確認を行いました。 『はい。副長官閣下。直ぐ近くに横断歩道がありながら、自宅から商店まで最短距離で移動する為に、毎日法律を無視して道路横断を行っております』 私は部下の報告に頷きますと、陶磁器製の茶器に淹れさせた紅茶を一口飲んでから、名簿の氏名の横に×印を付けました。 『パラッ。さて次は?』 ピクッ。 上司である私が名簿を捲った瞬間、無表情を心掛けている部下に僅かな変化が生じたのを見逃しませんでした。 『ふむ、成る程。この高齢の寡婦は夫に先立たれた後、独り暮らしの孤独に堪え兼ねて毎日近所の喫茶店に赴き、珈琲(コーヒー)一杯で何時間も店内に滞在して、店員に必要の無い事を話し掛け続けて迷惑を掛けているのだな?』 ツゥウウウッ。 直立不動の姿勢で報告を行っている部下の頬を、一筋の冷や汗が流れ落ちました。 『はい。副長官閣下。十年前に夫と死別して以来、子供は誰一人として母親の元を訪れてはおりません』 『~~~~~~~~♪』 私はラジオの音楽に耳を傾けながら、もう一口紅茶を飲んでから先程と同じように氏名の横に×印を付けました。 『私がこの仕事を始めたのは、より良い社会を築く為だ』 私はそう言うと名簿に高齢の寡婦、母親と同じ名字を署名して部下に返すと。 『言うまでも無い事だが、迷惑行為を続けたこの寡婦を特別扱いする必要は無い』 『カツンッ。はいっ。副長官閣下っ!』 私は万人に対して平等に法律を執行する為にこの仕事を始めました。相手が高齢者であろうが実の母親であろうが関係はありません。私はこの仕事を始める際に自分自身にそう誓いを立てました。
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