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「その声、まさか……郁人君?」
まさかこのタイミングで? そう思ったが、私の本能がこの声の主は橋茂 郁人君だと感じている。けれどどうして彼がこんなところに……?
「そうだよ、杏凛ちゃん。覚えていてくれて嬉しい、やっと会えたけど先にその邪魔な女性をタクシーに乗せて帰してくれる?」
間違いなく郁人君のはずなのに、彼の声は昔よりもずっと暗く重い感じがする。
彼が言っている女性というのは寧々の事だろう。しかし私が迷っている様子を見せると、彼は私の背中に当てている何かを強く押し付けてきた。
「これ、何か分かるよね? 優しい杏凛ちゃんはその女性を巻き込むようなことはしたくないんじゃないの?」
……地を這うような囁きに、身体がゾッと冷えて背中に冷たいものが流れる。
背中に当たる感触から考えれば、彼が持っているのは拳銃か何かだと思われる。どうしてそんな物を持っているのかなんて、聞けるはずもなく私は彼の言うとおりにするしかない。
「寧々、少し一人で頭を冷やしたいの。悪いけれど先にタクシーで帰っていてくれる?」
先に歩いていた寧々にそう話しかける。
ついて来てくれた寧々まで巻き込むわけにはいかない、これは私の問題で彼女に怪我などさせたくなかった。しかし寧々が素直に「はい」と言うわけもなく……
「何故ですか? それなら家に帰ってからゆっくり考えても……?」
「いいえ、今がいいの。それに荷物が届く予定だったからそれを寧々には受け取って欲しいの、だからお願い」
荷物の事は本当だったし、どうにか彼女を先に返さなくてはいけないと思った。しばらく考えた様子だったが、寧々は渋々先にタクシーに乗り込みドライバーに行き先を告げ帰って行った。
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