4822人が本棚に入れています
本棚に追加
「悲しかった……? いったいどうして」
まだ完全に記憶の戻っていない私には、郁人君の言っている言葉の意味が分からない。今さら彼が私を攫って何がしたいのかも。
「あの日の二人の約束も杏凛ちゃんは全部忘れてしまって、鏡谷 匡介なんかと結婚しちゃうんだもん。でも思い出したら君は僕のところに戻ってきてくれるでしょ?」
「戻るって郁人君は何を言っているの? 私はもともと郁人君のものなんかじゃ……」
私は誰のものでもない、あの事件のあった時だってそうだったはず。でももしそうではなくなるような事が、私と郁人君の間で起こっていたとしたら?
バックミラーに映る郁人君の口元が歪んだ笑みを浮かべているのに気付いた。
「まだ思い出してないんだね? いいよ、今度は時間はたっぷりある。杏凛ちゃんが思い出してくれるまで僕は待つよ」
たっぷり時間があるとはどういう意味かとは聞けなかった。自信ありげに郁人君がそう言うという事は、私は彼から簡単には逃げられないのだろう。
大人しくて真面目な郁人君なら、これも計画していた事なのかもしれない。私は簡単に彼に捕まってしまって……
先に帰した寧々は何か気付いてくれただろうか? 匡介さんや両親に何か伝えてくれることを祈りながら、ただ静かに目的地まで車に揺られていた。
最初のコメントを投稿しよう!